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銀の匙 第十話 「八軒、豚丼と別れる」

  • 例えば消費者が食べるために殺されていく動物のことを特に憐れんだりしないように、生産者も自らが育てた家畜を殺して出荷することを特に憐れんだりすることもない。では「動物を殺して食べるということに罪悪感を覚えてしまう」人間とはいったい誰なのかという問題が出てくる。答えはこのアニメを見てわかるとおり「生産者側に近付いている消費者」なのだけど、八軒はまさにそうした間隙で揺れている人間であり、作者の問題意識をオブラートに包んで託されたキャラクタでもある。
  • 自分たちが食べてる肉は当然(自分たちの知らないところで)生きていた動物のものであり、同様に魚や野菜も消費者に届けられる前には命があって、そうした現実を直視することで「食事する」という行為を見つめ直して云々…という話は散々されているのでここでは置いておくとして、じゃあなぜ人間は牛や豚を殺して肉を食べることには抵抗や罪悪感が少なからず生まれるのに、魚や野菜を殺して食べることにはそれが生まれないのか(生まれるとしてもなぜそれが少数派なのか)、という部分に同族意識というか、上手いこと自分に近いものに対する共感同情諸々の意識を働かせていて、そんなところが妙に卑怯臭く感じてしまう。
  • 人が人を殺すことは悪で、人が人以外の(法律で保護されていない)動物を殺すことは悪ではないというのは本来的な生存本能に根ざした価値基準であって、もしも人間が生きていくためには人間の肉食ったり血を吸ったりしなければならない世界だったならおれたち人間は家族に金をかけて育てられて丸々と成長し15歳くらいに食われるシステムとか作るのかなーと考えていた時期がありました。
  • 吉野が終始可愛かったのが唯一の救いという感じです。原作の5倍くらい可愛いのは何故なのか未だにわからん。まあシリアスというより事実をありのままに描いた話なので変に暗くなることもなく、自然の摂理を受け入れて食物連鎖の頂点に居座ることを選択した時点で一つの山場は越えたかと。