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一週間フレンズ。 第1話 「友達のはじまり。」

記憶というものは良い意味でいい加減で、だからこそおれたち人間は今まで錯乱せずに生きてこられているわけだが、その記憶が何らかの原因で欠けたり正常に機能しなくなったとしたら、そりゃゴールデンタイムのタダバンリのような半狂乱の人間が出来上がってもおかしくはないのかな、という考えに至っている。記憶が人間の拠り所になっているのは今更言うまでもないだろう。問題はその拠り所が自身の手でコントロールはおろか整理整頓も出来ないことで、それに振り回されて不幸になった人間も数多く見てきた。

記憶が一週間という短いスパンしか保てない、一週間後には記憶が綺麗さっぱり消えてなくなるという人間は果たして現実に存在するのだろうか。「記憶が消える」というファクタは昔から様々なフィクションでドラマ性を生み出すために用いられてきたが、この『一週間フレンズ』というアニメも例外ではない。友達の記憶が一週間で消えてしまう藤宮香織と、その藤宮香織と友達になろうと努力する長谷祐樹のほぼ二人だけで展開される物語は穏やかながら常に儚さが潜んでいる。序盤では香織の記憶が消えるという事実が明かされず、徐々に祐樹と距離を縮める様子がゆっくりと描写されるが、後半で香織が自分の病気を祐樹に話してから様相が変貌していく。

キャラデザが簡素なのに表情を多彩に描けているのは良かった。香織が祐樹に対して「友達ではない」ということを執拗に繰り返すシークエンスに嫌味が感じられないのは役者の声質によるところが大きいのだろう。雨宮天という役者は中原麻衣に声質が似ているな...と思ったら香織の母親役が中原麻衣だったので香織のキャスティングは完全に狙っていたのだとわかる。今にも消えそうな儚い声で繰り広げられる会話からは終わりという瞬間が伝わってくる。

今のところ祐樹の香織に対する感情に恋愛という要素は含まれていないようだが、これがやがて変化して両者ともに恋心を抱いた場合、香織の記憶は「友達」の記憶がリセットされるので「恋人の記憶はリセットされない」みたいな安っぽい御都合主義に則った解決法が出てきてしまう可能性がある。記憶は消えてしまうからこそ今の時間を大切にしようとする行動を起こせるわけで、それを全て蔑ろにするような解決法を見出すのはさすがにつらいものがある。というかこれ、祐樹とのやり取りを香織が紙に書き留めるとか二人で写真撮るとか動画撮るとか策はそれなりに存在してるので、やりようによってはいくらでも(高校卒業するくらいまで)は引き伸ばせそうな気が。まあそんなことはせずに終わる時はしっかり終わってほしい。導入としては良かったです。ただEDのカバー楽曲がスキマスイッチの「奏」なのはおかしいが。