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2014年春アニメ総括

2014年春アニメ まとめ

暴れん坊力士松太郎が1クールだと勘違いして終了の時を待ってたせいで遅くなりました。結局松太郎は何クールなんだよ。1話から今まで毎回面白い奇跡のアニメなんだけど放送時間が日曜の朝早すぎるせいで周りで見ている人間がほとんどいない。
それはともかく春の話をしよう。春は良かった。先に言っておくと2011年4月以来、ちょうど3年ぶりに訪れた超豊作期だった。これだけ良作が一度に現れるのは本当に極めて稀なことだ。社会人なりたての身としてこの「どれも切り捨てられない」という状況は嬉しさ半分苦しさ半分といった感じで早くも学生の身分に戻りたいと叫びたかったが集合住宅なのでやめた。結婚はしないが一軒家はほしい。誰か家をくれ。現金でもいいです。


いつもの。


評価方法

・評価ポイントは「ストーリー」「キャラクター」「演出」「作画」「音楽(OP・ED含む)」の5つ。各10点満点
・総合評価(ランク)は「SSS」「SS」「S」「A」「B」「C」「D」「E」「F」「Z」とする(各説明は以下参照)

「SSS」~生涯愛せる、墓場まで持って行きたい作品
「SS」~アニメの金字塔レベルの作品
「S」~何度観ても面白いと思える名作
「A」~傑作
「B」~秀作
「C」~良作
「D」~凡作
「E」~駄作
「F」~ふざけんな
「Z」~黒歴史


ブレイドアンドソウル

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ストーリー 7
キャラクター 7
演出 7
作画 5
音楽 6
総合得点 32点
総合評価 C

皆大好きGONZO作品なのにほとんど話題にすら上っていなかったのは何故なんだろう。確かにストーリーはこんなんでいいのかと思うくらい雑だったが、決してつまらないというわけではなく、後半に進んでいくにつれてダークな作風が色濃くなる様子は中々緊迫感があった。実質的な最終回は12話目に当たるのだが、この最終回もかなり良くて、今期作品の最終回だけ見ればこのアニメはわりと上位に来る。所謂「俺たちの戦いはこれからだ」という風呂敷を広げて終わるものではなく、当初の目的を果たした上で主人公が救済されるという、考えうる限り最善の幕引きだった。だからこそ13話目(最終回)要らねえだろという気持ちが一層強くなる。これ宝探しの話でほぼギャグの塊なんだけど、内容があまりに浮き過ぎているしやるならせめて序盤3話目あたりにしてほしかった。

作画も演出もそこまで良いわけでもなく、ストーリーも細かいところは適当なのに、何故か毎回見てしまう中毒性があった。一片の救いもないようなダークな話が積み重なっていくのに不快感があまり無いのは、主人公のアルカが感情をほぼ持たない殺し屋だったのが影響している。無表情で無感情の人間が徐々に感情を手に入れていく様子はドラマ性があった。過程の雑さも結果を見ると許せてしまう。

作品全体は地味な印象なんだけど各話ごとに見ていくと起承転結整っていて、決して悪いわけではなかった。しかし手堅すぎて爆発力に欠けた。ほぼ1話完結型なのに明確なキラーエピソードが無かったのも痛かった。まあ見方によっては13話目がそれに該当するのかもしれないが、あれはあまりに特殊すぎた。

爪痕を残そうというよりは無難に纏めてきた感じがしていかにもオンラインゲーム原作アニメだな、という印象だが、肝心のオンラインゲームのほうが死に体らしいので漂う悲壮感が凄い。アニメは視聴後も長く余韻の残る素晴らしい終わり方をしただけに(12話の内容です)、ゲームのほうも終わる時は綺麗に終わってほしいみたいな一方的な願望があるんだけど、まあこのゲームの始まりも知らないので終わりもきっと知らないまま死んでいくのだろう。



犬神さんと猫山さん

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ストーリー 5
キャラクター 6
演出 5
作画 4
音楽 5
総合得点 25点
総合評価 D

特筆して語ることもない普通のショートアニメ。突き抜けた部分も圧倒的な個性もなく、何も考えずだらっと見るには最適だった。それが正しい摂取法なのかは定かではないが、こうしたタイプのショートアニメと30分枠の日常系アニメとの間に横たわっているものがな何なのかは気になるところだ。30分枠の日常系アニメになれなかった作品たちがショートアニメとして大量生産されているのだろうか。



僕らはみんな河合荘

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ストーリー 9
キャラクター 10
演出 3
作画 4
音楽 10
総合得点 36点
総合評価 B

とりあえず原作は本当に良いので是非とも読んでみてもらいたい。キャラデザと色彩設定を見た時点で抱いていた漠然とした不安が具現化してしまった。シナリオに関してはオリジナル要素のない完全な原作準拠なので文句は無いが、肝心のアニメーションの部分が悲しいくらい原作と掛け離れていたのは原作ファンとしてただただつらかった。最近の宮・古怒田コンビは原作とアニメとの差異を見せ付けようとするあまり原型を留めていないことが多い。原作は原作、アニメはアニメで差別化を図るのは全く悪いことでもないし、むしろアニメは様々なコンテンツ展開のひとつとして大なり小なりオリジナル要素を含んでいるほうが健全といえる。

しかし原作と完全に違うものを提示されれば「原作の意味がないだろ」と批判されるのもまた当然の話だし、原作におけるギャグパートをひたすら強調するのは得策とは言えない。ギャグパートはこの作品においてそこまで重要な意味を持たないからだ(実際この作品のギャグパートは面白くない)。また行間で伝えることに力を注いでいる作品なので、効果音や一部の言葉をそのまま画面に映し出すのもよろしくない。それと宇佐が妙に女々しい人間に見えるのは狙ってやってるのか。

何らかの原作を基盤にアニメ作るならせめて骨組みくらいは残しておくのは最低限のマナーだと思うんだけど、このアニメが問題なのは外装をそのままにして骨組みを変えているところにある。「河合荘は下ネタ多めのギャグアニメ」だという印象を植え付ける形になってしまっているのだ。そうじゃなくて、河合荘の本質というのは性別・年齢・趣味・嗜好のバラバラな人間たちが生活している「河合荘」という空間そのものと、そこを起点に起こる宇佐と律のすれ違いながら近付いて行く緩やかな友人以上恋人未満の関係性の変化であって、ギャグパートは上述の河合荘というごった煮の空間から生じた産物であるため、メインに置くことはできないはずだ。

結果的に宇佐と律が紡ぐ物語はどぎつい色の画面と矢継ぎ早に繰り出されるギャグのうねりに飲み込まれてしまった。淡い線画を基調とした原作は遠い世界に放り投げられ、残ったのはめぞん一刻の劣化番のようなアニメ。まあシロの変態性や麻弓のガサツさ、彩花の腹黒さは良く表現できていたと思う。あれはギャグパートを強調することで浮き出てくる部分なので、それは手放しに良かったと言えるのだが、これが出来て宇佐と律メインの話が雑になっているのは完全にバランス配分を間違えているとしか言いようがない。

宇佐と律のコミュニケーションに焦点を当てれば自ずとこの作品を映像化する筋道が立てられたはずだし、そもそもこの作品の主題は不器用な2人がゆっくりと距離を縮めていく過程に凝縮されているので、このシークエンスを茶化したりギャグシーンとして塗り替える意味はない。それは作品そのものを否定することに繋がるからだ。だが現実にそういった事態が起こってしまった。宮・古怒田の2人のこのような態度は決して認められるべきではないし、世間一般に通じる手段として瀰漫されるべきでもない。『ブラッドラット』から続いてきた負の連鎖はここで食い止めなければいけない。

ここまで散々言ってきたが、原作が非常に優れた作品であるのでシナリオそのものにはほとんど目立った粗がなかった。キャラクタの掛け合い自体はやや寒いものが多いが、それを許容させる大らかな空気が河合荘と住子さんを中心に醸成されていたし、OP・EDを筆頭とした音楽も完成度が高い。fhanaは去年の夏から今日に至るまでアニメタイアップ楽曲全て当たりという奇跡を見せ付けているので早くアルバム出してほしい。EDは歌詞がいまいちだったが90年代後半を想起させる微妙な懐かしさを含んだ主旋律が最高だった。

原作の刊行ペースが遅いことや、作者が最近恋愛ラボの方に力を入れてるっぽいことなど、原作に関しての不安もあるにはあるが、やはり河合荘は原作が本当に素晴らしいので作品そのものの判断は原作を読んでから下してもらいたいところだ。アニメはアニメで独立したものとして評価した方がいい。それほど原作とアニメは乖離している。前期のいなりが最高のクオリティでアニメ化されただけに今期の河合荘で受けたダメージは大きかった。



悪魔のリドル

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ストーリー 8
キャラクター 9
演出 9
作画 6
音楽 7
総合得点 39点
総合評価 B

今期のダークホースその1。とにかく雑なシナリオが逆説的に笑いを生み出すという、災い転じて福となる典型的なパターン。ひとりの女子高生を殺すために集められた暗殺者たちはとにかく皆異常なくらい弱いか頭が悪い。こんなんで暗殺者として今までよくやってこれたなとこちら側が心配になるレベル。そのうえ基本的に1話完結型で、その回に退場した暗殺者はEDで歌手デビューを果たすという面白すぎるオチまで付いている。こんなフォーマットが整っていれば後半どんなに捲ってきてもギャグアニメの範疇からは逃れられないわけで、兎角と晴のラストバトルも愛と感動と笑いに満ち溢れていた。どんな闘いも滑稽に見えるというのはある意味凄まじいことだ。狙って出来るものではない。

訳あって暗殺者たちに狙われている晴と、元々晴を殺す側の暗殺者だったが訳あって晴を守る側に回った兎角のコンビが次々襲ってくる暗殺者を倒していく、というと聞こえはいいが、実際は暗殺パートより日常パートのほうが分量多かったりする。昼間はのんびり勉強したり課外授業やプールではしゃいでいる暗殺者たちが夜になると予告状を出して襲いかかるという、この高低差がシナリオをコメディとして認識させる。もうキルミーベイベーと同じ箱に入れていいと思う。

ただ1話完結型で1話につき1人は退場していくので、最初のほうでいなくなったキャラクタの印象が薄くなってしまうのが欠点といえば欠点だった。その欠点を脚本家も理解していたのか、最後の暗殺者である英純恋子の時には今まで出てきた暗殺者たちを人形として登場させ、ラストには全員生き返らせるという禁じ手まで使ってみせた。これには賛否両論あるだろうが、今まで本当に雑なシナリオだったので逆に何をしても許せるみたいな空気が出来上がっていたので、我々視聴者も「まあ仕方ないよな」と納得できた。これを狙っていたとしたら凄いんだけどそんなことは流石にないだろう。

原作が2巻しか出てないらしいので途中からほぼオリジナルアニメになったと考えていいだろう。で、オリジナルアニメとしては充分な成功例だと思う。前期の桜Trickのような作風に逃げるのではなく最後まで暗殺ギャグアニメとして走り切ったのは評価できるし、作り込まないことにより生まれる面白さの演出は最近よく見る事例だがその中でもこのアニメは抜きん出ている。暗殺者たちの関係性の掘り下げにやや不満は残るものの、久し振りの豊作だった今期の中でも特に上位クラスの出来映え。



selector infected WIXOSS

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ストーリー 6
キャラクター 9
演出 7
作画 7
音楽 7
総合得点 36点
総合評価 B

中盤凄まじい盛り上がりを見せたが後半は失速してしまった。元々スロースタートで「これは面白くなさそうだな...」と思っていたところでのあきらっきーを起点とする盛り上がりだったのであきらっきーがいなくなった後のシナリオに絶大なる不安があったんだが、不安は的中してしまった。中盤だけ見れば間違いなく傑作なんだけど、全体的にはまどかマギカのフォロワーを抜け出せずに終わったな、という印象。

岡田麿里の悪い癖が出まくっている脚本を演出の力を使って上手く軌道修正していたが、物語の起爆剤となったあきらっきーのキャラクタが良くも悪くも強過ぎて、あきらっきーが出ている時と出ていない時の落差が激しかった。カードになってしまったキャラクタと普通に会話したりできる、という点でまどかマギカより悲惨さは無いが、るう子が「カードになってしまった少女たちを救う」という願いを見つけ出すに至るまでの過程が弱い。なぜ弱いのかというと、傍観者に徹していた前半と当事者として物語に関わっていく後半を繋ぐ重要な中盤が全てあきらっきーに掻っ攫われたからだ。

あきらっきーが出て来なければ最後まで暗いだけのアニメになっていただろうし、かといってあきらっきーを出してもその存在感の強さゆえ、居なくなったあとでその穴を埋めるのが非常に困難という欠点がある。つまり何が言いたいかというと脚本が悪いんだけど、岡田麿里はそんなことを全く考えていないだろうし、カード自体もそこそこ売れてるらしいし2期もあるので結果オーライじゃん、という空気が流れている感じがする。

問題なのは2期で1期の問題点が全て解消されるか、ということだ。あきらっきーの存在を生かすのか、あきらっきーの存在感を払拭するレベルのシナリオを提示するのか。これにより2期の出来が決まってくる。はっきりいって核となっているカードバトル自体は本当にどうでもいい。それは岡田麿里本人も思っていることだろう。現に明確なルール説明やゲーム展開の解説などは一切無い。このアニメはカードバトルをするまでの過程と、カードバトルの勝敗に紐付いたドラマが重要なのだ。

現実におけるカードゲームに関しては、勝敗を決する要素が財力7割知力3割程度なので己の財力を振りかざして勝ちまくれば友達を無くすし、ショットガン・シャッフルはカードを痛める。それはともかくカードゲームで広がる友情の輪もカードゲームで破壊される友情の輪も確かに存在するので、そこに目をつけた岡田麿里の才覚は認めるべきだが、やはり恋愛以外の要素がメインになる脚本はまだ普通の脚本家と同レベルだ。というか2期想定して作ってるのは分かったけどせめて1期で事態に一応の収拾を付けようという気はないのか。



蟲師 続章

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ストーリー 6
キャラクター 6
演出 9
作画 10
音楽 9
総合得点 40点
総合評価 A

10月から2クール目が放送されるのでここで総括的な話をしても仕方ないだろう。それにこの蟲師に関してはとにかく「作画に力入れすぎて制作が全く間に合っていない」という容認し難い問題がある。ガルパンの時にも述べたが、どんなにクオリティが高いものを作っても期限までに制作できないというのはプロとして許されることではない。限られた時間の中で最大限に良質なものを生み出そうとするのがあるべきプロの姿勢だ。今期においては蟲師よりも劣悪な環境の中で制作されているアニメが数多くあるが、それでも皆納期を守って制作している。アニメ自体は非常に良く出来ているだけに惜しい。

蟲というものに関して、「話の辻褄を合わせるために蟲を登場させた」ような気持ち悪さを感じさせないのはファクタとして優秀だろう。1期の頃から変わらない繊細さや人間が到達し得ない領域の闇と光を蟲という存在に仮託して幻想的に映し出す様はまさしく芸術作品を鑑賞しているかのよう。各話高水準のクオリティを保てていることにはひたすら驚かされる。

前述のように作画に力を入れ過ぎたあまり制作が間に合わなかったのは問題だが、これだけ作画に力を入れればそりゃ制作も遅れるだろうなと思ってしまうくらいに作画は素晴らしい。無数の鳥が飛び立つシーンや蟲が床を這うシーンなどは圧巻だった。前期のスペースダンディのような派手な作画とはまた違う、職人芸を感じさせる密度の濃い作画で、もしこれで制作が間に合っていたら手放しで絶賛していたのだろうな、という存在したかもしれない未来について思いを馳せる。2期では制作遅延の穴を埋める座談会が放送されないことを願うばかりだ。



健全ロボ ダイミダラー

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ストーリー 9
キャラクター 10
演出 9
作画 10
音楽 8
総合得点 46点
総合評価 S

今期最大のダークホース。完全にノーマークだった。放送前から凡百の紳士アニメと同じ括りのアニメだと決め付け舐めてかかってた自分の愚かさを恥じ入るばかりだ。蓋を開ければシナリオは良く練られているし、キャラクタは途轍もない個性に満ち溢れているし、作画・演出は終始尋常じゃないハイレベルで安定しているし、音楽は暑苦しいものからクールなものまで各種満遍なく取り揃えられている。ここまで隙がないアニメだとは思わなかった。一応は紳士アニメという分類に属するのだが、恐らく今後最低でも10年はこのアニメを超える紳士アニメは出てこない。ロボットアニメとしても最高だった。見た目は格好悪いロボットを作画と演出で格好良く見せるという、まさしくアニメでしか見せられないロボットの魅力を余すことなく発揮している。

ストーリーは一見すると下品で馬鹿みたいなものに見える。実際キャラクタの掛け合いは生徒会役員共より直球で下らない。しかしこれを許容させる、もっと言えば気持ち悪いと思わせないキャラクタの個性が確立されている。2部構成になっているようで実際はひとつに繋がっているシナリオ構成も芸が細かくて素晴らしい。撒き散らされたボケを全て拾い上げるツッコミの役割もしっかり割り振られており、下ネタを扱うことの薄ら寒さは全く感じさせない。下手すれば甘くて見てられないような将馬と霧子のカップルも3人の技術スタッフや長官がカバーすることで視聴者の溜飲を下げる。何も考えられていないようで恐ろしいくらい細部まで計算されているアニメだ。

ロボットアニメにおける王道とも言える熱いバトル展開も浮くことなくシナリオの中に溶け込んでいる。ここまでギャグの方向に振り切れてしまうと真面目な話が出来ないのではないか、という不安もあったが、最終回に近づくにしたがってストーリーの熱量が目に見えて増していった。このアニメの最大の特徴は、本来敵側であるはずのペンギン帝国の面々が善人で、主人公側である美容室プリンスの面々が悪人に見えるという捻れ構造だ。おかげで本来なら主人公側に感情移入するはずの視聴者はペンギン帝国の方へと感情移入することになる。ペンギン帝国の主力兼マスコットキャラであるリッツのキャラメイクも上手かった。敵側に感情移入しやすくなっている作品は総じて名作という持論がまた真実味を帯びてきたようだ。

美容室プリンス側のキャラクタはとにかく欲望に忠実に生きている姿がありのままに映し出されていて、これがいわゆる悪人に見えてしまう所以なのだが、悪人に見えるからといって嫌悪感を抱かせるわけでもない。この匙加減が凄まじかった。真玉橋孝一や喜友名霧子といったキャラクタは一歩間違えれば視聴者に嫌悪感を与えてしまう個性を持っているのだが、孝一は楚南恭子、霧子は天久将馬というパートナーが緩衝剤となり負のイメージが払拭されている。もっとも霧子と将馬に関しては緩衝剤というよりシナジー効果で負のイメージが高まっているかもしれないが、この2人の掛け合いを長官が腐しているのでプラマイゼロといったところだろう。

それらの圧倒的な個性を持つキャラクタを最高の状態で動かしているシナリオはキャラクタ以上に最高のクオリティ。全ての人物・事物に意味があって、特に将馬がペンギンから元の人間に戻るシークエンスは鮮やか過ぎる伏線回収だった。最終決戦で又吉長官が敵の幹部に言い放った「健全とは何か」という部分は現実の規制問題の本質をも突いている、非常にクリティカルなものだ。これが説教臭くならず、熱いセリフとしてこちら側にダイレクトに伝わってくるのは脚本家と演出家の功績だろう。最後にちょっと泣かせてくるのも心憎い。

そして作画。これは本当に凄かった。ロボットバトルにおける作画の素晴らしさの重要度は言うまでもないが、このアニメはとにかく迫力とリアリティにこだわっていた。だからこそダイミダラーが出撃する時に必ず街のどこかの建物が崩壊して街の人々から「ダイミダラーのせいで街に被害が出る!」という声が上がるのだ(ちなみにペンギン帝国は街の建物や人間に対して最大限配慮して被害が及ばないように海上で戦闘していた)。海上での機体同士のぶつかり合い、その衝撃により生まれる波飛沫、衝撃波、煙が渾然一体となって描かれている様はまさに圧巻。

その作画の素晴らしさを最大限に生かす演出も効いていたし、前述のとおり音楽はサントラの購買意欲を刺激する多種多様ぶり。OPの男気溢れる暑苦しさとEDのキッチュなポップさは相反することなく相互作用で魅力を増幅させていた。目立った欠点がほとんど見当たらない。強いて言えば後半で遊びと真面目さのバランスがやや崩れたことくらいか。まあそれも瑣末な問題にすぎない。最初から最後までフルスピードで走り切った紛れもない名作。最後は綺麗に幕を閉じたがやはり続編を見てみたい。



星刻の竜騎士

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ストーリー 4
キャラクター 6
演出 5
作画 5
音楽 6
総合得点 26点
総合評価 D

どこかで見たような断片的シナリオの寄せ集めで構成されていたので結局何がしたいのか、何を伝えたかったのか、作品の根幹を成しているものが見えて来なかった。あと主人公が変身した時のスーツ(?)が死ぬほどダサい。おれもかれこれ20年以上生きてるけどあんなダサいスーツは初めて見たかもしれない。おまけにポージングもダサい。特撮もののヒーローを見習ってほしい。

展開の乱雑さと困ったら触手に頼る癖が本当に悪い方向に働いてしまった。近年のファンタジーアニメと謳っている作品はどうしてこうも作り込みが甘いんだ。特にMF文庫の作品。ゼロの使い魔が伝説になってしまった今、そのフォロワーが増えるのもわかるが、それにしたってこれは酷い。アニメを見ている限りでは原作がしっかりした出来だとは思えないんだけど読んだ人がいたらどんな内容なのか教えてほしい。おれはもうアニメで心が折れたので原作まで手を伸ばす精神的・肉体的余裕がない。

本当に褒めるべき箇所が見当たらなくてここで何を語ればいいのかもわからない。しっかり見てたはずなのに内容がほとんど頭に残っていないのは自分の脳が劣化してきたのかアニメの構成が雑なのか。他にもストーリーの明確な山場が見出せなかったのもつらかったし、主人公の個性が全く見えない、そこらへんのモブキャラと大差ないようなキャラクタだったのは流石に駄目なのでは。いやもしかしたら他の人には主人公のアッシュ・ブレイクが超格好良い男に見えてるのかもしれないが。これならまだ女児愛をこじらせたバスケ部のコーチの方がまだ主人公として立派だった気がする。



金色のコルダ Blue♪Sky

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ストーリー 8
キャラクター 8
演出 8
作画 7
音楽 6
総合得点 37点
総合評価 B

今期のダークホースその3。最近の乙女ゲーム原作のアニメはいまいち面白くなくてどうしたもんかと思っていたんだが、これはギャグ的な意味で非常に楽しめた。毎回最高にダサいOPを聴いたあとキャラクタのセリフがいちいちおかしいアニメ本編を咀嚼することに苦はなかった。トーナメント戦という謎すぎる制度のせいで演奏者たちは実力勝負よりも対戦相手の精神を削ることに夢中になる。おそらく1回戦以外全部精神攻撃のやり合いでそれに打ち勝ったものがトーナメントに勝利する、みたいな構図だった気が。

まあ音楽的知識や豊潤な想像力がなければこうしたクラシック系のコンクールにおける演奏者たちの優劣の判断は難しいだろうし、だからこそ「どれだけ演奏が素晴らしいか」ということを視覚的に表現しようとするのはごく当然のことだろう。かつて『焼きたて!ジャパン』という作品も「パンの美味しさ」という伝わりにくい抽象的な概念をリアクションという視覚的なもので表現してみせた。だから冥加玲士の演奏中にブラックホールが現れたり「お前を滅ぼしてやる!」みたいなことを思ってても仕方ないというかそれが一種の表現法なのだが、これが演出のせいで完全にギャグに見えてしまっている。しかし決して悪い気はしない。むしろこの馬鹿馬鹿しさが癖になる。

主人公の小日向かなでは暗くなり過ぎず、明るくなり過ぎない、丁度良い塩梅の個性を持っている、まさに乙女ゲームの主人公らしい主人公だった。物語の核として存在していながら決して輪を乱すことがない。行動的な面もあれば女性的な面もあり、迫ってくる男たちによって様々な表情を見せる。このアニメに大量に出てくる男たちもそれぞれに個性があって、この手のアニメで男性視聴者が感じる「男性キャラクタの見分けがつかない」という弱点を見事に克服している。

低予算を思わせる作画を上手くカバーしていた演出の素晴らしさは勿論のこと、キャラメイクやシナリオ構成も良く出来ていた。5話あたりから面白さが増すスロースタートだったので、そこに到達する前に見るのを止めた人も結構いるだろうが、いつか一挙放送とかがあれば是非最後まで見てもらいたい。もちろん必ずしも真剣に見る必要はない。ギャグにしか見えない部分を楽しむこともできるし以外とまともな部分を見つけてじっくり見ることもできる。視聴者に様々な楽しみを提供してくれる良作だった。



神々の悪戯

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ストーリー 4
キャラクター 5
演出 8
作画 8
音楽 4
総合得点 29点
総合評価 D

こちらは金色のコルダとは違い1話目がピークだった。2話目からは急速に勢いが落ちていき面白さを失ってしまった。1話目がとても良いギャグアニメの雰囲気を予感させるものだっただけに、この失速は残念でならない。作品のコンセプトが揺らいでいたのが失速の最大の原因だろう。「神様たちが頑張って皆で卒業する」という当初の目的に向かって進めばいいだけだったのに、キャラの掘り下げを行う際に個々人の深部にまでメスを入れてしまったがために、最終的にバルドルが変なことになったり謎の空間で皆が謎の戦いを繰り広げたりといった事が起こってしまった。

主人公の草薙結衣は本当に素晴らしかった。とても乙女ゲームの主人公とは思えないくらい、現実の男性を惹きつける魅力を持ったキャラクタなのだが、この草薙結衣を全く生かせていないシナリオが本当に許せない。結衣は神々が集うクラスのまとめ役として存在しているのだから、神々の内なる世界に取り込んでしまうのではなく、外側から彼らを切り崩していく役回りに徹するべきだった。神の内側に入っていくのは同じ神でいい。そうしないと結衣が唯一「人間」として存在している意味が無くなってしまう。

その事実に気付いたのか、最終回では結衣が唯一外側からバルドルたちに対して干渉しようとしていて、内側では神同士が戦いを繰り広げていた。この構図が最初から守れていればこのアニメは良作になり得たかもしれない。草薙結衣は人間という傍観者でありながら神々のまとめ役という当事者でもある。そのバランスが神々との接触により崩れていくわけで、そこに乙女ゲームとしての本質、すなわち恋愛感情なり何なりが生まれてくるのだが、このアニメは一切の恋愛感情を捨て去り、①神々の揉め事 ②神々と人間との交流 の2つに絞って話を進めていたので個々の感情の揺れ動きが見えづらく、結衣は最後まで当事者として関わることになった。

このアニメは本来、草薙結衣の視点から描くのが正しいはずなのだが、結衣が当事者であり続けるシナリオを作ってしまったが故にずっと神の視点で描くことになっていた。皮肉にも神々を神の視点で描く構図が出来上がってしまったが、神自体が人間とは違う次元の存在であるため、通常のアニメと同じ見方が通用しない。最終的に当事者になってしまった結衣を神々が元の役割に戻そうとする、これ自体は間違っていなかっただけに、ここに到達するまでのシナリオの雑さが悔やまれる。



それでも世界は美しい

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ストーリー 9
キャラクター 9
演出 10
作画 8
音楽 10
総合得点 46点
総合評価 S

近年の少女漫画原作のアニメの中でも屈指の出来映え。これは文句無しの名作だろう。少女漫画自体には凄まじくハズレが多いが、少女漫画原作アニメはなぜか凄まじくアタリが多い法則は未だに健在だった。まあ今後アニメ化する弾が無くなって来た時に少女漫画アニメ化ブームが来てしまえばこの構図は変わってしまうかもしれないが。

最近の少女漫画では珍しく異世界を舞台にしていて、シナリオも80〜90年代によく見られた古典的王道ながら、却ってそれが新鮮に感じられるような構成になっていて毎回感心させられた。キャラクタの言葉というものに異常なこだわりを持っている作品で、このキャラクタならこう喋るだろう、という思考が一切排されキャラクタ自身が自由に喋っているような生き生きとした空気が漲っていた。それでいて主人公の「アメフラシ」という能力に根付いた繊細でどことなく影を含んだ演出が心を揺さぶってくる。

そもそも「雨」というファクタは、主人公の心情を代弁したり何か悲しい出来事が起こった時にその印象を強烈に刷り込むための演出の一つとして用いられることが多いが、この作品がそうした作品群と一線を画するのは主人公が自発的に雨を降らせることができる、という点だ。だから雨は演出というよりは主人公の心情に直接的に紐付いた「行為」として処理される。雨とは常にニケが誰かのために降らせるものだった。

しかし雨を降らせることができるのは主人公のニケだけではない。ニケの師匠であるトハラも勿論雨を降らせることができる。だから最終回前半の雨だけはニケのために降った雨だった。降らせる側の人間だったニケが降らしてもらう側になる。普通なら子供から大人になるに従って、降らせてもらう側から降らせる側に変化していく様子を描くのが自然だが、現在の時点からスタートして過去に決着を付けようとすることでトハラがニケを送り出す構図が成立した。ニケとトハラが本当の親子のような関係に見える絶妙な描写も素晴らしかった。泣ける。

この作品はとにかく主人公のニケが本当に素晴らしいキャラクタで、何をやっても絵的に映えるしそれだけで物語が動いていく、まさに作品の核であり原動力となっている存在なのだが、終盤でニケが囚われの身となった時だけはリヴィウスが代わりにニケの役割を果たしていた。元々リヴィウスはニケより歳下であり、ストーリーもニケが破天荒なリヴィウスを導いていくのが基本的な路線だった。しかし雨の公国に戻って、ニケはリヴィウスと結婚してから自分も変わったことを明確に悟る。変化を受け入れた者と受け入れなかった者とで行動が分かれていくのは必然だが、トハラの様子を見ていると「なら初めから縁談の話を断るか別の娘を選べば良かったのでは」という疑問が湧いてくる。ニケを選ぶ揺るぎない必然性がほしかった。

そして少女漫画では珍しく(?)、ヒロインの相手役となる男性、すなわちリヴィウスが意外にもまともな人間だった。まあまともではなかった頃の様子は本編で語られていないだけの話なんだが、ニケと結婚してから誰もがはっきりと分かるくらい明確に性格が変わっていく様子は少年漫画の主人公が成長していくような印象をも受ける。もしもリヴィウスがニケより歳上の男だったらきっとこんな印象は受けないだろうし、そもそも物語として成立しなかっただろう。リヴィウスがパッと見て小学生かと思うくらいのビジュアルだったからこそこの作品が成立してると言ってもいい。

ニケとリヴィウスを取り巻く人達も皆、執事やメイドとして必要以上の存在感を出さずに2人を影ながらサポートしていて、この出番の調節の仕方がとにかく上手かった。引き立て役にもなればサポート役にもなれる、この素晴らしい配分が端的に表れていたのが3話目だろう。雨の公国の人々はニケの姉含め個性が非常に強く、それゆえ画面に3人以上同時に映さないといった工夫が見られた。

そうした様々な細やかな計算により盤石になった物語をより魅力的に見せる要素として最大限に効果を発揮していたのが音楽だ。ここ数年のアニメの中で最も上手く音楽を用いていたように思う。「アメフラシの歌」に始まり劇伴はどれも音楽作品として単体で完成されていながら、アニメの中で用いられると相乗効果によりどれもが名曲に聴こえてくる。OP・EDも良かったが、とりわけEDがとにかく問答無用で素晴らしい。前田玲奈という声優はこのアニメで始めて知ったが、なぜこれほどの演技力と歌唱力をもった役者が陽の目を浴びてなかったのか謎すぎる(事務所の力とかいう大人の事情には眼を瞑る)。「アメフラシの歌」も「PROMISE」も彼女の歌唱力なしでは成立しなかった。普通に歌手活動してほしい。

全体的に音楽とシナリオの素晴らしさが目立つアニメだったが、キャラクタもみな魅力的で演出も秀抜だった。作画がもう少し良ければほぼ満点に近い出来になっていただろう。最近の少女漫画はほとんどネタ的に扱われていて個人的にはそれに納得がいかなったのだが、この作品はそうした潮流を断ち切ってくれる力を持っている。真新しい設定や驚愕の展開などはないが、ゆっくりと沁み渡る普遍的な作品なので万人に勧められる。できれば続編も見てみたい。



極黒のブリュンヒルデ

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ストーリー 7
キャラクター 9
演出 8
作画 7
音楽 9
総合得点 40点
総合評価 A

原作を読んでいるかどうかでかなり評価が割れてくるタイプのアニメだった。とにかくアニメの中で話を一旦完結させようと苦心している様子が伝わってくるが、別にそこまでしなくてもいいんじゃないのという気はする。原作はまだ続いているし、アニメで尺の都合によりカットされた話(未来予知)はどれもとても面白いものだったし。2クールものならまだしも、原作がある1クールのアニメというのは基本的に原作販促の意味合いが強いので、無理してアニメで完結させるのではなく、原作に誘導するような幕引きでも充分なのだ。それを敢えてこんな構成にしたのは、おそらく原作者である岡本倫がメディアの違いというものを強く意識していたということが影響していると思われる。

後半こそ怒涛のスピードでストーリーが進んでいったが、前半は原作の内容に沿った丁寧な脚本でシュールなギャグも効いていた。『エルフェンリート』のエッセンスを受け継ぎながらも『ノノノノ』のポップさも兼ね備えており、まさしく岡本倫作品の集大成という内容だった。キャラクタの魅力とシナリオのダーク・シュールさが上手く噛み合っている。主人公は天才でありながら最近の「俺TSUEEEEE」の範疇に全く入らないという稀有なキャラクタで、この主人公のタフさとクレバーさがヒロイン(?)たちの馬鹿さ加減と適度に混ざり合って独特の空気を醸し出す。

しかし主人公に都合の良い展開などはほとんどなくひたすら運命という地獄を粛々と受け入れるダークな展開だったのに、最終回で主人公がその運命を味方に変えたのはちょっと雑すぎた気が。あと黒羽が覚醒と同時に過去の記憶を取り戻すのはまだしも、佳奈が未来予知の能力を捨てれば普通に動けるようになるというのは(アニメで)伏線が無かったので唐突すぎる印象を受ける。ヴァルキュリアとの最終決戦ももう少し尺を使って丁寧にやってほしかった。まあほぼバッドエンドで終わらせるという、現在の潮流から完全に外れたラストをやってのけたのは素直に凄かった。ただ最後にカズミが生き返ったあたりにはもう少し説明が必要だった。

総じて非常に荒削りながらキャラクタや演出は洗練されている、奇妙なバランスを保っていたアニメだった。原作の魅力を提示しながらもアニメーションとしての主張もあって、岡本倫は本当にアニメ化に恵まれた作家だなーと羨ましく思ったりなどした(今期の河合荘とか見てるとより一層思う)。変に計算はせず勢いで突っ走るような作品なので、おかしな部分があってもそのことについて考えているうちにシナリオが進んでいたりする。この手法は原作の内容を大幅に圧縮したからこそ出来たわけで、そう考えると冒頭で述べた「無理矢理完結させようとして原作の内容を大幅にカットする」というのはこのスピード感を狙って出したかったのかな、という推測もできる。まあ原作は未だに面白さが持続しているので原作読みながら気長に続編制作を待つとする。



ラブライブ! 2nd Season

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ストーリー 9
キャラクター 10
演出 10
作画 9
音楽 9
総合得点 47点
総合評価 S

1期が名作だったので2期が始まるまでは絶大な不安があったのだが、全くもって杞憂だった。まさか1期に比肩するレベルの名作になろうとは思いもしなかった。1期の反省点を生かし、1期で出来なかったことをやる。まさしく理想的な続編だ。全ての続編はこうあってほしい。各キャラクタの掘り下げはもちろん、1期とは違う視点から物語を進め、1期よりも王道のシナリオで切り込んでいく。そのうえ学園生活にもしっかりスポットを当てて、「卒業」という明確な時間の流れにより起こりうるイベントを発生させる。そもそも2期開始時点で穂乃香が生徒会長になっていたことを考えれば、最終回でμ's解散と卒業式をやることは容易に想像出来たはずだった。

このラブライブという作品の上手いところは、登場人物がただの「アイドル」ではなく「スクールアイドル」だというところにある。「アイドルの頂点」を目指す物語だとキャラクタたちは人生をかけてトップアイドルになるべく精進する物語になるのだが、スクールアイドルという「学生の間だけのアイドル」という期限を定めてしまうことで、アイドル活動を部活動のように描くことができる。だから雑に言ってしまえば、ラブライブというアニメは(メディアによって内容が違うのでここではアニメに限定する)、『けいおん』の放課後ティータイムがバンド活動に本気出してメジャーデビューを狙うような作品なのだ。昔はスポ根、最近は女の子同士の緩い日常ものが流行っていて、ならばその二つを組み合わせたら現代にマッチした最強の作品が出来上がるだろう、と考え付くのは必然だった。そうして出来上がったのがこの『ラブライブ!』というわけだ。日常もの直系の緩さもありつつ、スポ根ものに由来する熱さも兼ね備えたハイブリッド・アニメ。

ラブライブという作品についての全体的な話は1年前にしたのでここでは割愛するとして、2期は1期に比べてとにかく「時間」というものに敏感だったように思う(『けいおん』の2期がそうだったように)。流れる時間はもちろん、一瞬一瞬の時間も丁寧に切り取られ描写されていた。第11話における証明写真などはまさに「切り取られた時間」の象徴だ。終わりが明確に分かっているからこそ、残りの時間をどう過ごすかという部分が大切になる。もっとも11話に関しては「写真」ではなく「証明写真」なのが重要だったのだが。すなわち卒業前にμ'sが確かに存在した証を残すという意味での証明写真だ。

ラブライブという作品のコンセプトが「みんなの夢を叶える」だったことからか、2期では「みんな」の部分が強く意識されるようになった。各キャラクタの掘り下げを行う時も、1対1ではなく、1対8の状況で全員と密接に関わり合いながらゆっくりと深くキャラクタの内面を提示していく。1期ではμ'sの結成までが描かれ、2期ではそのμ'sが飛躍して頂点に上り詰める様子が描かれる。ご都合展開と言われればそれまでだが、μ'sが積み重ねた時間の重さがはっきりと伝わってくるストーリーなので、μ'sがラブライブで順調に勝ち進んでいく様子に違和感は無かった。むしろそれが当然だと言うべきな雰囲気も形成されていた。

9人のμ'sを描く時に直面するのは「誰を中心にするか」という問題だが、これはもちろん本作の主人公という立ち位置に当たる高坂穂乃香だった。1話でいきなり生徒会長という役職に収まっていた穂乃香は名実ともにこの作品の核となった。ラブライブの世界は穂乃香を中心に動いていたと言ってもいい。それが端的に表れたのがあの大雪の日のライブだ。音乃木坂学園の生徒が総出で穂乃香たちのために雪掻きをしてライブ会場まで誘導してくれるという、そんなことあり得ないだろという突飛な展開も強引にねじ伏せて自分のものにしてしまう穂乃香には紛れもなくカリスマとしての素質が備わっていた。穂乃香がやろうとしたことは形はどうであれ叶ってしまう。

運も実力も兼ね備えた高坂穂乃香に敵はおらず、現段階で最高のスクールアイドルとして名高かったA-RISEにも打ち勝ち、ラブライブでは見事優勝を果たす。もちろん厳しい練習の成果でもあり9人全員の魅力が伝わった結果でもあるのだが、練習自体の描写はあまりされなかったこともあり、どうしても前述したキャラクタの魅力と穂乃香のカリスマ性が目立ってくる。それ自体は別に悪いことでもないし、トップアイドルならカリスマ性があって当然なので、穂乃香がアニメであのような立ち位置になったのも必然だったと考えられる。

そうした穂乃香のカリスマ性を出しつつ、今まで一歩引いた位置から全員のことを見守っていた東條希が主人公の立ち位置に躍り出る第8話は文句無しに素晴らしかった。個人的に2期ではこの8話と11話がツートップ。昔は引っ込み思案で友達が出来なかったという希が、絵里に惹かれて明るい性格になっていく様子は心打たれる。目立ちたがりではなく、μ'sの母親的存在だった希が他のメンバーと対等な位置で繋がり合うことができた傑作回だ。いつも大らかで母性溢れる優しい人間が弱さを見せる瞬間というのは本当に素晴らしいと思うんだけど、これはもしかして少数派の性癖なのだろうか。

11話は前にも説明した通り、全員が3年生の卒業に向き合いμ's解散を決意する回。これはキャラクタの魅力とシナリオの上手さが高次元で融合したハイレベルな回で、キャラクタのありとあらゆる行動・言動に意味があり1分1秒たりとも目を逸らせない濃密で素晴らしい話だった。時間の流れにより訪れる感傷が頂点に達したところで溢れ出す穂乃香たちの涙には多くの視聴者たちが泣かされたことだろう。非常にエモーショナルでありながら冷静にラストライブのことも見据えているクールさもあって、静と動の絶妙なバランスにただひたすら感動させられた。花田十輝の仕事の中でもこれは最高峰のものだろう。

ラブライブという大会に関しては描写不足の点もあったが、これはライブそのものよりもラブライブ優勝という目的のために結束したキャラクタたちを見るためのアニメなので、大会に関して最低限の部分以外を削っていったのは正しい選択だったと言える(「ラブライブ」という名前が作品のタイトルでもあり作中のアイドルの大会の名前でもあるのが記述上非常に面倒くさいという不満は置いておく)。で、このあたりは遂に発表された完全新作の劇場版で解決してくれると思われる。せっかく劇場の大スクリーンでやるのだから、完全手描きの超絶作画による圧倒的ライブを見せてほしいという願望も多々入った希望的観測だが。

アニメ版ラブライブはこの2期で終焉を迎えるのかと思いきや、アニメ最終回放送直後に劇場版制作決定の発表があって、これがアニメ版と地続きのものであるかどうかはともかく、動いて声のついている穂乃香たちμ'sの面々を見られるのはこれで最後ではない、と分かってしまったので妙な脱力感があった。これが安心感に由来するものであることは間違いないが、明確に終わりを見せなかったという事実に拍子抜けしてしまったというか、ここまで卒業という別れ、μ's解散という終わりに対して真摯に向き合ってきたのに最後の最後でその部分を見せない、というのは些か誠実でない感じがする。まあ作品の評価を下げるほど致命的な問題でもないので別にいいのだが。もし卒業という別れとμ's解散という終幕を見せてくれたらこのアニメは文句なしに満点と評していただろう。ストーリーやキャラクタは言うまでもなく、作画や演出も1期の頃より研ぎ澄まされていたし、曲も多種多様になり次はどんな曲が出てくるのかという楽しみもあった。完璧ではないにしろ、ほぼ完璧に近い作品がこの『ラブライブ!』だ。劇場版ではどんなシナリオで我々を楽しませてくれるのか、期待して待ち続けるとする。



ブレイクブレイド

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ストーリー 6
キャラクター 6
演出 8
作画 8
音楽 6
総合得点 34点
総合評価 C

劇場作品をテレビアニメ用に編集した、という話を聞いてようやくこのアニメに抱いた違和感に納得がいった。スケール感があって演出も優れているのだが、シナリオ構成がどうにも上手く機能してないというか、面白いんだけど起承転結が整ってなくて、アニメ全体(1〜12話)をひとつの話と捉えて起承転結を整えているような感じがした。これは紛れもなく劇場作品の手法だ。

舞台が壮大なのに対しストーリーそのものは非常にシンプルで一貫している。キャラクタの数も多いが戦いの度に死傷者が出るので覚える前にいなくなってしまう、ということもある。劇場作品なら戦闘毎に戦死者を出すより最後の大勝負で一気に戦死者を出したほうがドラマティックに仕上げられたはずなんだが、作者があくまで現実志向のためリアルな戦争を意識しているようだ。作者の現実志向は「ロボットを出しておきながらビームやミサイルなどの技術は登場させず、ひたすら白兵戦をさせる」という部分に顕著だ。

この「ロボットがいるのに白兵戦しかしない」という事実に賛否両論巻き起こるのは当然だろう。人はロボットといえば接近戦は勿論だが銃やレーザーなどを用いた遠距離での戦いも念頭に置いている。それは長らく続くアニメの歴史がそうさせてきたことで、実際メジャーなロボットアニメを見ていなくても、ロボットに対する一般的な認識は皆さほど変わらないのではないだろうか。

キャラクタを殺すことに一切の迷いがないのはこの手の作品では極めて誠実な態度だ。戦争が起きているのだから人は多かれ少なかれ死んでしまう。犠牲のない戦争はない。どこまでも現実主義を貫きながら、主人公であるライガットには少しだけ神が味方している世界には穴が多かったが、その穴が気にならなくなるほど優れたシーンも多く存在したので、全体的には満足できる内容だったように思う。



一週間フレンズ。

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ストーリー 7
キャラクター 9
演出 8
作画 8
音楽 9
総合得点 41点
総合評価 A

仮に自分が一週間ごとに友人とそれに関連した一切の記憶が無くなるという状態に陥ってしまった場合、まったくもって正気でいられる自信がないが、この作品の主役である藤宮香織という女子高生はそんな状態のまま今日まで生きていて、人間どうしようもない状態になってしまった時は達観してしまうのだろうかと考えてしまう。そして藤宮香織はどこまでも客観的に物を語る。記憶が消えてしまうことを淡々とした口調で主人公の長谷祐樹に語る。彼は藤宮香織に対して「友達になりたい」という思いを抱いて近付くが、それはどこからどう見ても下心丸見え、というよりは自分のために藤宮香織と友達になりたいように見える。ここらへんが「女々しい」と評される所以だろう。

この長谷の主人公らしからぬ女々しさを許容できるかどうかでこのアニメに対する評価も自ずと決まってくる。あるいはこの女々しさが気にならないほど藤宮香織という人間に魅力を感じられるかどうかだ。最初は長谷に感じられた人間臭さが彼女からはほとんど感じられず、それが一部から天使天使と言われてる理由なのかと考えたが、回を重ね僅かながらも長谷との記憶を積み重ねていくごとに藤宮香織は人間らしさを獲得していった。人や物に何の興味も示さなかった藤宮香織は長谷と関わることで様々なものに夢中になる。他人との距離感は記憶消去のせいで掴みかねていたようだが、脇を桐生将吾という藤宮香織よりも人間らしさを感じられないキャラクタで固めたことで、より一層藤宮香織の人間らしさが強調された。

アニメの淡い色彩設計に呼応するかのようにシナリオも淡く掴み所がない。藤宮香織という人間の儚さがそうさせるのかもしれないが、このアニメは外部から何者かが干渉してしまえばあっという間に崩れてしまいそうなほど脆く見える。その脆さを支えているのが前述の将吾であったり、藤宮香織の初めての女友達として最後までブレない山岸沙希であったりする。この2人が何事にも動じない性格なのはメインの2人がとにかくブレまくる人間だからだ。長谷は最初から、藤宮香織は4話頃から根本が揺れ動いている。しかし最後には沙希でさえ現実問題の渦に飲み込まれて自我を保てなくなる。つまりこの作品において最も必要不可欠なキャラクタは桐生将吾だったということだ。

自分のことを一切勘定に入れず純粋に他人の幸せを願える人間なんてこの世に存在しないわけで、その事実は各話で小出しにされてくるが、表に出そうになるたびに長谷と藤宮香織の間に何らかの問題が発生してうやむやになってきた。そのツケがラストにおける2人のすれ違いという形でやってくる。長谷は藤宮香織にたくさんの友人ができて幸せになれるなら自分はどうなってもいいというようなことを言っていたが、その虚勢は最初から将吾に見抜かれていたし、結果的にその皺寄せが断絶に繋がる前に長谷は「誰かが藤宮香織と友達になればいい」ではなく「自分が藤宮香織と友達になりたい」ということを伝える。

こんな2人の間に恋愛関係がまったく構築されないのは藤宮香織の記憶が消去されていくせいだというのは言うまでもないが、長谷が思う「藤宮香織と友達になりたい」という願望は恋愛感情に根差しているのではないかと思われる部分が本編でよく見かけられる。が、タイトルにフレンズと冠している以上、友人を超えた関係になってしまえば話が終わってしまう。だから恋愛関係に発展しそうなペアとして脇の将吾と沙希を当てがっているのだけど、これは別にそうする必要性を感じられなかったのであまり評価できない。むしろ長谷と藤宮香織の2人の距離を近付けて最終的に恋人になったから記憶は消えない(藤宮香織が消去する記憶は友人のものに限られる)、というオチのほうがストレートで良かった気がする。まあそもそもこの作品における「友達」の定義が曖昧なので、どこからが友人でどこまでが友人でないか、という線引きを将吾だけでなく他のキャラクタも動員して確認してほしかった。

最終回らしくない最終回とか根本的なことは何も解決してないとかまず病院行けとか、まあ積もる話は色々あるが、おれたちもこうして最後まで見たはずのアニメを一週間で忘れてしまうことが多々あるので、そういう意味では誰もが藤宮香織になれるという雑な話で締めようと思う。



彼女がフラグをおられたら

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ストーリー 5
キャラクター 10
演出 7
作画 7
音楽 9
総合得点 38点
総合評価 B

理解は出来たが説明不能なアニメというものに久方振りに出会った。話の内容が分からない、とかそういう類のことではない。いったいどうやってこのアニメのことを説明してよいのか分からないのだ。序盤から中盤にかけてはよくあるハーレムものかと思ったら、いきなり世界の真理だの異世界だの地球消滅だの、処理しきれないほど膨大な問題が襲い掛かってきてただひたすらに混乱するばかりだった。中身があって無いようなアニメだから流し見でいいよなと思っていたところで突然複雑なことをやり始めてきて、この高低差についていくのが大変だった。ラブコメ〜SF〜バトル〜ミステリ といった様々なジャンルを包括していて、一言では言い表せないほどに入り組んでいる。もちろんこのようにあまりにも雑食のため話が散漫な印象はあるのだが、不思議とそれを許せてしまう大らかさもある。

基本的にはギャグアニメとラブコメアニメの中間点を猛スピードで突き進んでいくような作風で、深い意味や教訓といったメッセージ性は全くなく、「フラグが見える」という能力を持った主人公の旗立颯太を中心に、姉・妹キャラ、ツンデレ、クーデレ、不思議系、体育会系、男の娘、お嬢様、機械といった多種多様なヒロインが揃い踏みしている。この作品が最も優れているのは、そうした様々なヒロインがしっかり描き分けられているという点だ。この世には様々なラブコメ作品が溢れているが、ここまで大量のヒロインを出してる作品は珍しいし、そのキャラクタ全てにしっかりした個性があってそれぞれに違った魅力がある。1話ごとに2人のヒロインが登場するようなハイペースなのに、各キャラ同士の個性がぶつかり合うことはない。棲み分けが完璧になされている。ねぎマやシスプリでさえ出来なかったことをこの作品はやってのけた。

で、各キャラに違った魅力があるのはいいのだが、そのキャラクタたちを敢えて個別に掘り下げずそのまま突き進んでいくストーリーがとにかくハイスピードだった。弱虫ペダルの進行速度を1とするとこのアニメは2000くらいだ。背負ってる荷物が少ないこともありとにかく身軽で軽快、本当にサクサクと進んでいく。内容が無いからこその速さだったのだが、終盤になるとなぜか今までと180度違った世界になる。颯太が元々もっていた死亡フラグという部分が突如クローズアップされ、生と死という生物の根本的な問題が急速に拡大していく。最終回ではなぜか人間賛歌の様相を呈してきて、しまいには「世界は美しい」とまで言い切ってしまう(今期に『それでも世界は美しい』という傑作が放送されていたので極めてタイミングの悪い話だが)。

正直10話目あたりから話について行くだけで精一杯で、最後にはここまで壮大に広げてしまった風呂敷をいったいどうやって畳むのか、という部分にのみ関心が向いていたのだけど、無理矢理力業で話を纏めてきて思わず笑ってしまった。解決すべき問題がまだ沢山残っているがそんなものは知ったこっちゃねえという制作側の強い意志を感じる。まあ最初からこのアニメに「まともな最終回」など全く期待してなくて、最後まで好き勝手やってほしいという気持ちしかなかったのでその点では裏切られはしなかった。聞くところによると、原作の内容がカットされまくった結果がアニメ終盤の超展開とのことなので、余力があったら原作読んでみます。



マンガ家さんとアシスタントさんと

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ストーリー 6
キャラクター 7
演出 6
作画 8
音楽 7
総合得点 34点
総合評価 C

原作1巻が出た頃から読んでたのでわりと古参に近いが、12〜3分という微妙に短い尺がそこまで生きていなかった気がする。ショートアニメならショートアニメで『となりの関くん』並みの尺でやればよかったし、そもそも原作には普通に30分枠でアニメ放送できるくらいのポテンシャルはある。

原作の内容をそのまんま脚本に落とし込んでいて作画も安定していたのであまり目立った不満もない。強いて言えば演出がすこし過剰に見えてしまうことくらい。あと、1話の中に何本かのネタが詰まっているという形式なので全体の繋がりが見えづらかった、というのもあるがこれは好みの問題だろう。

漫画家とアシスタントという関係はアシスタント側に余程の執着がない限りいつか確実に消えてなくなるものなので、究極的なビジネスの関係に終始することが基本だが、これはいつまでも主人公が男女関係に執着していて、ここらへんの気持ち悪さを許容できるかどうかで作品への評価も変わってくる。個人的にはこれより気持ち悪い作品を数多く見てきたので全然OK.



ブラック・ブレット

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ストーリー 9
キャラクター 9
演出 8
作画 7
音楽 9
総合得点 42点
総合評価 A

今期のラノベ原作アニメの中では一番面白かったし、ラノベ原作という括りを外しても今期トップクラスの完成度。幼女がたくさん出てくるあたりにロウきゅーぶから培われた女児イズムが感じられるが、その幼女たちが容赦無く死んでいく様子からは昔の虚淵玄あたりに近い無慈悲さも確認できる。話のレパートリー自体はそこまで多彩ではないが、山のように出てくる幼女を中心とした個性的なキャラクタがその都度話を掻き乱してくるので、淡白で一辺倒な印象はない。むしろ最後まで水を飲まずに走り切ったマラソンランナーのようだった。

ストーリーは本当にシンプルかつ王道。あの『とある魔術の禁書目録』に近い感触がある。適度に中二病っぽい成分を残しつつも、基本的には往年の少年漫画をベースにしたようなバトル・アクションもので、「序列」で強さが明確化されているあたりには特に惹かれる。最近だと『機巧少女は傷つかない』で確か階級みたいなものが存在していて期待もそれなりに大きかったんだが、蓋を開けてみれば階級が全く関わってこない話だった。それに比べてこのブラック・ブレットというアニメはとにかく序列が常に話の中心に位置している。設定が形骸化するということはない。

現実の不条理というものが根底に流れており、そのため幼女たちが(特殊な能力を有していることにより)人々から差別され暴行を加えられ殺されるといった描写を容赦無くぶち込んでくる。主人公の里見連太郎は民警だが、守るべき一般人は無垢で純粋で罪のない幼女たちを忌み嫌い差別し続け、人間に守る価値はあるのかと葛藤する。一歩間違えれば蛭子影胤のような思想に陥ってしまいそうな状況の中、已の所で踏み止まりつつも歩みは止めずに自分の信じた道を進んでいく。非常に主人公らしい主人公だといえる。

作画、というよりキャラデザが影響していると思われるのだが、敵がずっとCGであることに結構な違和感があった。アルデバランに関してはCGでも気にならなかったんだが。まあこのアニメは戦闘関連の作画より幼女の動作に全ての力が注がれていたので、見るべき場所さえ間違えなければ作画凄えと叫んでいられる。しかし終盤に近付いてくると幼女どころか老若男女あらゆる人間があっという間に死んでいく。極めてハイスピードな展開なのに全てがしっかりと脳に刻まれていく。これはシナリオ構成の力も大きいだろう。

最終回でそれまで味方で連太郎たちの上司でもあった天童木更が復讐を切っ掛けに闇に堕ちていく様子はおどろおどろしく、ホラーとはまた違う恐怖感を醸し出しており、最終回でこんなことをやってくる大胆さには驚かされた。もっともこのシークエンスがあったからこそ、ラストで連太郎と延珠の二人が早朝の電車に乗っているシーンの光としての意味が際立ってくる。闇があるから光があり、光があるから闇があるという両者の関係性を表した構図だ。闇の中の光というのはやはり美しい。

OP・ED含め音楽全般もレベルが高く、演出がもう少し細やかなものだったらほぼ文句無しだった。原作を読みたくなるアニメというのはやはり良い。どうしようもない絶望感を終始漂わせながらも幼女たちのkawaiinesで上手くバランスをとっていて、kawaiiは正義ではなく光そのものなのだということを教えてもらいました。ティナ・スプラウトちゃんには是非とも最後まで生き残ってもらいたい。



史上最強の弟子ケンイチ 闇の襲撃

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ストーリー 5
キャラクター 8
演出 7
作画 6
音楽 7
総合得点 33点
総合評価 C

聞くところによるとこれは先行発売されていたOVAの焼き直しらしいのだが、恐らく視聴者の大半はOVAを見てないと思われるし、そのOVAの続きからTV放送されても原作を読まずOVAも見てない人間にとっては意味不明だったはずなので間違ってはいない選択だった。しかし声優を大御所で固めて豪華にしてるわりに作画適当なのは相変わらず謎だ。どう考えても一番に力を入れるべきはキャスティングではなく作画だろう。

1期が放送された時は4クールという長大な尺を使っていたことを思い出して懐かしさの余り泣き出しそうになるが、今の深夜アニメでは2クールが限界なので記憶に残り辛い。弱虫ペダルが3クールやってて良い試みだと思うんだけど、原作の長さや売上見込みを考えるとそうそう出来ることでもない。ケンイチは面白いんだけど、原作が続き過ぎているのと1期が放送されてから時間が経ち過ぎていることがネックになっている(個人的にはラグナレクの話をリメイクしてほしかった)。

ケンイチはサンデーに第1話が連載された頃からずっと読んでいるのでそれなりに思い入れはあるつもりだったしアニメ1期は面白かったが、今回のアニメ化はいまいち意味が見出せずに終わってしまい消化不良だった。近年珍しい純粋な格闘技によるバトルものなので漫画のほうは長く続いてほしい。しかし肝心のサンデーの発行部数は確実に下がり続けている...つらい......



ソウルイーターノット!

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ストーリー 6
キャラクター 9
演出 8
作画 7
音楽 8
総合得点 38点
総合評価 B

まずソウルイーターを知らないので放送前の段階で視聴を躊躇っていたのだが、結果的にはソウルイーターを全く知らなくても問題ないアニメだった。登場人物が限られており物語も主役3人の中で完結していくものが多く、コンパクトな印象だったが後半になるとやけに刺々しくなり話の風呂敷も広がっていった。惜しむらくは、ソウルイーターを知っている人間なら中盤からの超展開についていけたという話を耳にしてしまったことで、元々ソウルイーターが殺伐とした物語だと事前に知っていれば免疫が付いていたのかもしれない、というのは悔やまれる(エターナルフェザー先輩の話はさすがに唐突過ぎて暫くの間状況を飲み込めなかった)。

最近のトレンドである緩い百合のような関係性が構築されているのは特に斬新でもないが、これが三角関係だというのはわりと新しいように思う。しかも二人が一人を取り合っているわけでもない。嫉妬したり思い悩んだりしているのは三人のうち一人だけだ。だがしかし武器一人(つぐみ)に対して職人二人(アーニャ・めめ)というポジションなので、必然的につぐみはアーニャとめめのどちらかを選ばなければならない。にもかかわらず、鍔迫り合いも奪い合いもせず、最終的につぐみが「三人でも共鳴できる」という結論を出したことで前述した緩い百合の関係を脱却し友情としての繋がりに回帰したのは良かった。何故なら百合的関係性はキムとジャクリーンが先に構築してしまったからだ。

中々難のある登場人物が多いものの、主人公の春鳥つぐみの浄化力のおかげで不快さを感じることはなかった。馬鹿っぽい主人公なのにそれを上回る多々音めめという職人がいて、「ガガントス」という言葉を生み出したことで何とか食われずに済んでいる、みたいなところはあったが、めめが敵に洗脳されてからはつぐみが圧倒的存在感を放つようになった。つぐみは成長の伸び代が見えづらいキャラクタだったが、選択と決断という点で大きく成長したように見える。

派手さは無いが丁寧に作られていることが伝わってくる、隠れた良作として認知されそうだ。個人的には最終回の爽やかさが凄く好きだった。「三人で組みたいから三人で組む」みたいな曖昧な理由ではなく、「この三人で組まないと駄目なんだ」という理由を明確に提示した上での連携は美しい。単純な百合関係に終始しない方が想像の余地があっていいですよね。



ノーゲーム・ノーライフ

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ストーリー 9
キャラクター 9
演出 9
作画 6
音楽 7
総合得点 40点
総合評価 A

今期のダークホースその3。今期はとにかくライトノベル原作のアニメのほとんどが非常に素晴らしく、2009年以来不作の象徴だったラノベ原作アニメがようやく復興してきたことを肌で感じられた。どれもが独自の個性を持っており飽きることなく楽しめたが、このアニメはラノベ原作アニメには珍しく「文章が言葉としてアニメに結びついている」例で、例えば長ったらしい説明が原作に記されていてもアニメではそれを全て映像で処理してしまう、といった手法が可能なので(魔法科高校の劣等生もこのやり方を採っている)、現実的には文章が言葉として具現化することはあまりない。

「ゲーム」というものの定義があまりに広がった現代をそのまま反映したような内容の闇鍋感、それを詰め込んだような最終回のスケールの大きさはまさしくアニメーションで表現すべき世界だろう。頭脳戦から肉体戦まで幅広く取り揃えておきながら、チェス回などの人を食ったようなゲームで視聴者を煙に巻いてくる。自由奔放なシナリオは世界観の突飛さを裏付けるようだった。あと最終回で新キャラ出してきたり最終回手前のゲームよりしょぼいゲームやるあたりの適当さも清々しささえ感じさせてよい。

同期の魔法科高校よりもよっぽど主人公の異常な強さが強調されている。それも全て肉体戦ではなく頭脳戦の方面だ。空白という兄妹は肉体労働と頭脳労働に役割分担しているのではなく、互いに人間離れした頭脳を持ってして相手を圧倒するという力技一直線なのが珍しい。相手が向かってくる、あるいはこちらから勝負を仕掛ける場合であってもゲームでの決着が図られるため、それを盛り上がっているように見せるためには演出を工夫する必要がある。もちろんこのアニメはその演出も優れていた。

作画が良いというかCGを上手く使っていて、そこらへんは現代における電子機器を用いたゲームのほうを意識しているのかな、という気はする。内容を補完する演出ではなく内容を盛り上げることに徹する演出。もともとこのアニメはシナリオに粗がたくさんあるが、それを直そうとせず見せたいところをメインで盛り上げて全部勢いで誤魔化しているので、変な部分を見つけてもスルーできる力が身に付く。

適度な真面目さと適度な馬鹿馬鹿しさを持ち合わせた良作だった。続編制作が非常に困難な終わり方で締めてしまったがこれは2期を見たい作品だ。



棺姫のチャイカ

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ストーリー 9
キャラクター 8
演出 8
作画 9
音楽 6
総合得点 40点
総合評価 A

アウトブレイク・カンパニーから絶好調の榊一郎著作アニメ化シリーズ。こちらはカンパニーとは違いとにかく古典的な世界観をベースにした富士見書房お得意の王道ど真ん中の作品で、土台がしっかりしているぶん昨今の量産型ファンタジーバトルアニメとは一線を画していた。最初は妙な口調でおかしなやつだとしか思えなかった主役のチャイカが後半過ぎたあたりから異常な魅力を醸し出してきて、口を開けばチャイカチャイカと言うだけの機械と化してしまいそうになった。女子力だけでいえばトールの妹のアカリのほうが上回っているのにも関わらずだ。

主人公のトールが最近よくある、理由のない「俺TUEEEE」タイプのではなく、しっかりした理由のある適度な強さを持ったキャラクタだったので好感がもてた。絶対的な強さをもつキャラクタが主人公だと緊張感がまるでなくなり面白さも半減する。今の魔法科高校の劣等生を見てみればそれは自明だろう。チャイカに出てくるキャラクタは皆一見強そうだが弱点も持ち合わせており、そこから戦闘に雪崩れ込むことも人間ドラマにシフトすることも出来る自由度の高さも目立った。

最小限のパーティで最大限に各々の見せ場を生かすシナリオが作れているのはさすがベテランというところだが、いかんせん不死身のフレドリカが強過ぎるのが難点。あまりに強すぎて榊一郎本人もわりと扱いに困っているのが伝わってくる。なので毎回戦いが始まるたびにフレドリカは一度退場させられるという決まった展開があって、これさえ無ければストーリーに不満はなかったような。90年代にやっててもおかしくないようなシナリオだからこそ、逆説的に2014年の今見ることで新鮮味が感じられたのかもしれない。主人公たちの「遺体を集める」という旅の理由も昔のアニメの「宝物を集める」というテーマと同種だし。

2期があるのは前から知っていたので1期は布石だろうな、と思っていたがこの1期だけ単体で見てもアニメとしてかなり完成されていた。分割2クールという形態のアニメ作品にあまり良い印象がないのだが、このアニメに関しては「続きが見たいな」と思わせる状況になったところで続編放送決定という情報を出してきて、そこらへんのメディコントロールも上手かった。同じ富士見書房デートアライブが2期で失速したのでこのアニメの2期にも不安がないわけではないが、作者が2期で作品そのものを終わらせると示唆しているのでわりと期待のほうが大きかったりする。



風雲維新ダイ☆ショーグン

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ストーリー 5
キャラクター 6
演出 3
作画 3
音楽 5
総合得点 22点
総合評価 E

全然動かねえというアニメーションにとって致命的な欠陥が大きすぎてまともな精神状態で見られなかった。それならアニメでやらなくていいじゃん、という話になる。シャフトの一部作品にもいえることなんだが、アニメーションというものは何のために存在しているのか分からなくなる作品はそれだけで見ているのがつらい。稀にアニメーションの本質を逆手にとった作品が生まれてくるのだけど。

ノブナガザフールと同根の問題を抱えているのだが、こちらは「全部ネタだから適当に見ていいよ」という意思表示がされていて、その点ではノブナガザフールより視聴は楽だった。ストーリーも極めて簡素。目新しいものはまったくと言っていいほど無い。新鮮なのはメインヒロインがCV川澄綾子ということくらいか。というかほぼそれ目当てで最後まで見続けた感があるくらいだ。散々死ぬフラグを立てまくった婆さんはいつまで経っても死なないし(このアニメに山場があるとしたらそれは婆さんが死ぬ時だろうと思っていたので完全に期待を裏切られた)、最後だけギャグ要素一切ゼロだし。

最終回が本当に適当で明らかに制作陣にやる気ないのが伝わってくるのはちょっと面白かった。しかし最後まで引っ張っておきながら慶一郎と霧子の関係が一定の場所で止まったまま進展しないというのはさすがに酷過ぎでは。何のためにヒロインに川澄を持ってきたんだというつらみだけが残る。



エスカ&ロジーのアトリエ~黄昏の空の錬金術士~

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ストーリー 6
キャラクター 7
演出 5
作画 5
音楽 8
総合得点 31点
総合評価 C

どこまでも平和な世界だった。無論戦闘とか事件とか巻き起こってはいるものの、全てが穏やかな雰囲気の中で処理されるので緊張感といったものがまったく表出してこない。これは異常だ。まるで無菌室の中を覗いているようだった。適当に話が進むわけでもなく、かといって平和な世界を維持するために莫大な労力を使っている風にも見えない。つまりほぼ無計算でこのNHKで放送されててもおかしくないような世界が出来上がっているということで、いったい原作のゲームをどう調理したらこのような状態になるのか途轍もなく気になる。

ただ面白いか面白くないかと二択で問われれば残念ながら面白くはない。すーぱーそに子と微妙にベクトルが似ているような感じもする。ただあちらは計算して平和な世界を描いた中に素の狂気が見え隠れしていたので、天然で現実から隔離された世界を作り上げたエスカとロジーとは相容れないだろう。『エスカとロジーのアトリエ』というタイトルだが実際活躍しているのはほとんどエスカ。しかも錬金術が核になっているのに肝心の錬金術についてほとんど何の説明も描写もない。「錬金術やります!」「よっしゃ出来た!」の繰り返し。「無駄なところを省く」の更に上をいく「無駄じゃないところも省く」という手法には脱帽する。

ドラマ性があまりないのはキャラクタありきの作品だからだろう。キャラクタ主導型の作品というのは何度も言っているが、シナリオが雑になる危険性を孕んでいる。よほど強固なキャラメイクが成されて、作者側の意識の埒外でキャラがまるで自由意思を持って動き出すくらいのレベルにまで到達しない限りは、基本的にキャラ主導型の作品というのは最近だと日常系といわれるジャンルに収まることが多い。20年前くらいだとバトル・ファンタジーものが今の日常系のポジションだったんだが最近そういう作品には中々出会えない。

基本的にアトリエシリーズは全部こんな感じの雰囲気を有している、という話を耳にしたが、このアニメは別格だ。最終回の最終決戦でさえ危機感も緊張感も伝わってこない。機械的に処理された様子もない。極めて健康的なアニメだ。そういえば色彩設定も丁度よかった。まあ今期は河合荘やノーゲーム・ノーライフといった明らかに色彩設定間違えてるアニメが複数存在していたせいで相対的にこのアニメの色遣いがすごくまともに見えるのかもしれない。個人的にはクローネがアンドロイドの模範生のような存在でたいへん良かった。エスカについてはノーコメントで。



ご注文はうさぎですか?

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ストーリー 7
キャラクター 10
演出 9
作画 9
音楽 10
総合得点 45点
総合評価 A

こころぴょんぴょんまち、!✧ヾ(❀╹◡╹)ノ゙考えるふりして(*≧o≦)b❤もうちょっと♡近づいちゃえ!☆♡ヾ(*'∀`*)ノ♡簡単には教えない(/≧∇)/\(∇≦\)/♪♡こんなに好きなことは✧:.゚٩(๑>◡<๑)۶:.。♡内緒なの~!((ヾ(๑ゝω・)ノ♡

やはり現代において最も有効な精神療法はこのような日常系極致のアニメを視聴することだろう。肉体が、精神が、ただごちうさを視聴するだけで浄化されていく。裏を返せば劇薬に近い依存性を持っているということだが、この沼に嵌らないように1クールに1本は日常系アニメが放送されているわけだ。過剰供給にならないよう常に1クール1本のペースを保てているのが非常に健全。来期はおそらく『ハナヤマタ』あたりがこのポジションに収まることだろう。

正直なところ、個人的には2013年の『きんいろモザイク』という作品が日常系アニメの頂点を極めたと思っているので、あれと比較してしまうとややパワー不足に感じる部分はあるが、回を重ねるごとにゆっくりとごちうさの世界に沈んでいった。最初は無口キャラの典型に見えたチノがどんどん個性的になっていく様子は見ていて楽しかった。娘の成長を見守る親の気分さえ味わえたようだった。そのチノを勝手に妹扱いして愛でるココアは主役なのに常に他のキャラに食われてる(本人も周りもそれに気付いていない)、この手の作品では珍しいタイプの主人公だったし、リゼについては言うまでもないだろう。何だかんだでリゼメインの話に一番心惹かれた。甘兎庵のチヤとシャロも共に個性的で見ていて飽きないキャラクタだった。

しかし最終回付近になると途端にチノメインの話が増えてきて、チノへの愛着が湧くと同時に確実に訪れる最終回の絶望が高まっていった。日常系アニメの抱える最大の問題は「終わった時の喪失感が他作品の倍以上」ということだろう。まさに劇薬のようだ。定期的に摂取していないと絶望に打ち拉がれてしまう。学校生活がメインの作品だと「卒業」という明確な区切りもある。こうした様々な要素を抱えながら、それでもいつもと変わらないように紡がれていく緩やかな時間に身を委ねるしかない。三次元が二次元に干渉する術が生まれない限り、この悲しみの連鎖は永遠に続く。

適度な笑いを挟みつつ、基本はココアを中心とした何も起きない緩やかな話。学校がメインではないので、文化祭や運動会や修学旅行といった日常系お得意のイベントは存在しない。ひたすら「カフェ」という空間を意識させる話が繰り広げられる。しかし手を替え品を替え様々なタイプのネタが用意されているので、視聴していても飽きるということがない。「ラビットハウス」「甘兎庵」という二つの喫茶店を用意したことで話も広がりやすくなっている。あと学校に関して言えば、チノの同級生はほぼレギュラーといえるペースで出番がある。EDでチマメ隊としてCDデビューしているので事実上レギュラーメンバーを食った形になった。

他にもラビットハウスの店長や青山ブルーマウンテンといった大人側のキャラクタもしっかり描くことで物語に生じる穴を埋めている。チノの頭に乗っかっているウサギはマスコットとして視覚的に機能していた。コンテもこのウサギを生かすように上手く切られていて、アニメの細やかな配慮が感じられる(このアニメは毎回コンテがとても良かった)。ひたすらキャラクタを可愛く魅力的に見せるために研ぎ澄まされた作画も、アニメーションというもののひとつの在り方を提示していて興味深い。

最終回、ココアが風邪を引いてチノが風邪薬を貰いに雪の中に飛び出していく話はまさしく最終回らしい内容だった。今までココアが勝手にチノを妹として扱っていて、それにやや辟易していたチノが熱に魘されているココアを救うために自ら行動する、明確な関係性の変化が見られる話(チノのほうからココアをお姉ちゃんと呼んだのは変化の頂点だ)。ココアがちゃんと姉のように見える演出も素晴らしかった。最後の最後でこのアニメに一区切り付くことに納得できるような、最終回としては文句無しのエピソード。特殊EDも非常に良かった。

癒しというものは単にキャラクタの可愛さだけでなく、そうしたキャラクタを取り巻く世界観から生まれるということ、あるいは非日常的なイベントが何もなくても、街の景色が非日常的なだけで全ての出来事が新鮮に見える、ということを教えてくれるアニメ。やや単調に感じられた原作をここまで上手くアニメ化されるともう何も言えない。きらら系の作品はほぼ毎回しっかりと結果を残すので信用できる。動くココアやチノをもう見られないのは確かに悲しいことだが、現実は最終回を迎えることなくそのまま続いていて、ならば願うのは続編制作しかない。日常系アニメが最終回を迎えることで行き場を失うおれたちの魂をまたいつか浄化救済してほしい。



ピンポン

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ストーリー 10
キャラクター 10
演出 10
作画 10
音楽 8
総合得点 48点
総合評価 SS

スポーツを題材にした漫画やアニメは余程のことがない限り一定の支持を受けることができる。キャラクタの動きという漫画アニメにおいて最も重要な部分がダイレクトに伝えられるうえ、勝敗などに紐付いた人間ドラマも自在に展開できるからだ。メジャーなスポーツだとサッカー、野球、バスケットボールあたりが挙げられるが、最近ではマイナーなスポーツにもスポットが当てられ、今やこの地球上に存在する全てのスポーツを網羅するのではないかという程の勢いで多様な作品が生み出されている。しかし、松本大洋という漫画家は今から18年も前に卓球という、漫画の題材として扱うにはややマイナーなスポーツをテーマにして傑作を完成させた。12年前の実写映画に関しては正直なところあまり良い評価を下していなかったが、このアニメに関してはもう文句無く傑作だと言い切れる。

ひとつの作品に天才を2人登場させる、というのは極めて異例なことだ。ペコもスマイルもベクトルは違えど卓球の神に愛された天才だろう。10話まで最強の敵として描かれていたドラゴンは自ら「飛べない」と悟ったことで天才にはなり得なかったと証明したし、チャイナは天才と戦ったことで自らの才能の限界を知った。かつてはペコがスマイルを卓球に誘い、スマイルはペコに憧れていたが、高校生になるとその図式が変容する。スマイルはコーチの指導のもとでその類稀な才能を発揮し、瞬く間にペコの手の届かない存在になる。ここから紆余曲折あってペコがかつての自分を取り戻してスマイルと同じ舞台に立つわけだが、数あるスポーツ作品の基本パターンを考えるとこの作品の主人公はスマイルではなくペコだということになる。

しかしピンポンという作品が最も優れているのは「ペコが主人公でありながらスマイルを主人公としてもライバルとしても映し出す」という部分で、ペコが再び卓球への熱意を取り戻して特訓する前に、スマイルが卓球というスポーツで勝利することに拘るまでの過程を描いたことで、本来感情をほとんど表に出さずロボットとまで言われるスマイルの内面を視聴者(読者)が窺い知れるようになっている。

そして本来凄まじい実力を持っていたがそれをずっと抑えながら戦っていたスマイルに対し、かつての実力を失ってしまったペコを最強になったスマイルと戦わせるには、まず再び卓球への情熱を取り戻す切っ掛けを作り、凡人でありながら天才のレベルに近付いた人間と戦わなければならなかった。それがアクマ・ドラゴンとの勝負だった。アクマもドラゴンも努力の天才だったが、根っこの才能の部分ではペコに及ばなかった。少年漫画の王道といえば努力が才能を凌駕する、というラストだが、この作品は最後の最後に天才と天才の闘いが繰り広げられる。才能と才能のぶつかり合いという、ある種夢の対決が見られるわけで、この展開が最も素晴らしいのは「どちらが勝つのかまったく予想できない」というところに尽きるだろう。

そうした今迄のあらゆる積み重ねを惜しみ無く爆発させたアニメ最終回は10年代の歴史に名を残すものとなった。決勝戦前、ペコがスマイルに対して「相棒」と声を掛けたシーンにもう10話分の重みが感じられる。ペコとスマイルは最初から最後まで「ライバル」ではなく「親友」だった。この関係性を一切崩さなかったからこそオババは最終回で「勝ち負けが意味を持つ試合ではない」と言ったわけだ。勝ち負けはどうでもいい。決勝戦で2人が戦うことそれ自体が重要な意味を持っていた。

とにかくこのアニメは最初から最後まで湯浅政明が全力投球していて、その点についてはあらゆる神仏に祈りを捧げる程には有り難みがあったし、原作を多少アレンジした脚本も素晴らしかった。最終回に関してはもはや凡百のアニメーションとは次元が違った。あれが基準になったら世のアニメはほぼ全て淘汰される。才能の塊たちが主人公のアニメを、湯浅政明という才能の塊のようなアニメーターが作り上げるというのは全く出来過ぎたストーリーだ。

BGMに違和感があったことを除けばもう満点に近いアニメだった。アニメーションの素晴らしさ、シナリオの素晴らしさ、演出の素晴らしさ、その全てを隅から隅まで堪能できる。1話1話の密度が尋常じゃなく高いのに、各話の視聴体感時間は5分にも満たない。実写ではなくアニメでやることにしっかりとした意味を持ち、今最も「アニメ」として完成された作品だ。アニメ史に名を刻むのは間違いないだろう。



龍ヶ嬢七々々の埋蔵金

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ストーリー 4
キャラクター 5
演出 6
作画 8
音楽 6
総合得点 29点
総合評価 D

「七々々コレクションを集める」という目的だけ設定され、あとは全て漠然としており最後までとっ散らかった印象だった。話が分かり辛いとかそういったことではなく、断片的な話が寄せ集められたみたいな感覚。冒険部部長もいまいち行動原理が見えてこないし、物語のキーになっているはずの七々々もキーになっているのか怪しいくらいの出番。というかこれ七々々がいなくてもシナリオ作れたような気がする。

主人公の八真重護やヒロイン(?)の龍ヶ嬢七々々よりも、壱級天災という自称名探偵のほうが明らかに物語の核を担っているところにこのアニメが捻れてしまった原因がある。どうやら原作において重護はハッタリかますタイプの語り手らしいので(アクロイドレベルなのか葉桜レベルなのかは原作読んでないのでわかりません)、それが上手く生かせなかったというオチなんだろう。ハッタリかますタイプの語り手が主人公の作品を映像化するのは本当に困難なのでまあ仕方ないと言えばそれまでだ。

七々々コレクションを集めるという目的は形骸化せず何とか最後まで残っていたが、宝探しというロマン溢れるテーマを作画や演出でカバーできないほど雑に扱っているシナリオのせいで物凄く地味な作品になってしまった感がある。盛り上がりどころを見出すのも結構な労力が必要だった。

あとノイタミナ枠で放送する意味もいまいち分からなかった。むしろ河合荘とかの方がカラーに合っていたんじゃないの。あと「ななな」と言ってDJ OZMAマイ・ケミカル・ロマンスのどちらを思い出すかによってその人の音楽性が見えてきます。興味ある人は試してみてください。



シドニアの騎士

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ストーリー 8
キャラクター 9
演出 9
作画 7
音楽 7
総合得点 40点
総合評価 A

『蒼き鋼のアルペジオ』に続き全編3Dアニメという新境地で見事成功を収めてみせた。舞台設定が壮大で尚且つシナリオがしっかりした作品は3DCGアニメに適しているという結論がアルペジオとシドニアの成功例から見えてくる。しかしコアなSFというイメージしかなかった原作をここまで大衆に受け入れられるように調理できたのは監督である静野孔文の功績も大きいだろう。劇場版名探偵コナンシリーズでは興行収入を上げたものの内容自体は酷いものになっていて、今までお世辞にも良い監督だとは思っていなかったのだけど、このアニメで見る目が多少変わってきた。

3DCGの無機質さ・機械じみた動作を逆手に取って血も涙もないSFを完成させており、機械的な部分において3DCGは手描きの代用たり得るポジションまで上り詰めたのでは、と感じさせる出来栄えだった。現実感を突き詰めるのではなく虚構感を突き詰めることで逆説的に得られたリアリティの強固さが最後まで光っていた。シナリオは前述のように弐瓶勉らしく半端な希望も絶望も与えない、0か1かで割り切られていて、そういったある種の冷酷さを象徴するガウナの存在感は大きかった。いつ誰が死ぬか分からないような死と隣り合わせの展開の中で時折挟まれるシュールギャグは、今期の『極黒のブリュンヒルデ』に通じるものがあった。

キャラクタに関しては谷風長道という男をどのように動かすのか、というのがこの3DCGアニメを制作する上で最大の課題だったのではないか。3DCGアニメというものはその性質上、人間の感情を表現するということが困難で(だからこそ感情を持たないイオナが主役だったアルペジオは3DCGアニメでも成立した)、人間が主役の場合表情の変化がどこかぎこちなく見えてしまう。で、長道は表情豊かな人間なのでこのへんの表現をどうするんだろうと静観していたら、日常生活における些細な表情の変化にはまだ改良の余地がみられたものの、誰かに殴られて顔が変形するシーンなどは原作よりも過剰になっていて、微調整はまだ難しいものの振り切った作りなら通用することがわかった。しかしアイカツのライブを見た後だと「もっと出来るだろ」と思ってしまう。今のところCGの最高峰はアイカツのライブシーンだ。

それはともかく、弐瓶勉作品では珍しいくらいに王道を突き進んでるこの作品を3DCGという異端のフォーマットでアニメ化してそれを成功させた、というのはもうそれだけでひとつのドラマとして完成されている。序盤のメインキャラである星白は3DCGを意識させない魅力を見せてくれたし、長道は1クールという時間の中で主人公として目覚ましい成長を遂げる。原作とは違うオリジナル要素はあったものの上手に纏めてくれた。しかも2期があるということなので皆大好き白羽衣つむぎがほぼ確実に出てくるはずなので非常に楽しみですね。ちなみに2期からラブコメ色が格段に強くなります。



デート・ア・ライブII

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ストーリー 5
キャラクター 5
演出 7
作画 7
音楽 6
総合得点 30点
総合評価 C

主人公が特殊な力を持った女の子とデートするというタイトルにも記された大前提が完全に形骸化したため1期に比べて失速感が否めなかった。加えて後半になると解決すべき問題が山積みになったままだったので、本来存在するはずの山場が見えてこなかった。そもそもアニメにおいて2期というものは非常にデリケートな存在で、1期と同じことをやればワンパターンで飽きると批判され、1期と違うことをやれば1期のほうが良かったと批判される。2期に求められるのは1期の路線を踏襲しつつ新しい要素を見せる、という途轍もなく困難なものだ。最近だとISが前者の道を辿って凋落した。「同じことをやる」からといって必ずしもウケるとは限らない。それはTVで数多くの一発屋と呼ばれる芸人達が湯水の如く消費されている事実からも窺い知れるだろう。

しかし例外的に『鋼の錬金術師』『みなみけ』など、オリジナル要素が批判されたあとに原作準拠にシフトチェンジして批判をねじ伏せた作品もあるが、これはあくまで「原作があるアニメ」「原作が一定以上の人気を博している」「オリジナル要素を差し挟む余地がある」という条件をクリアしていなければ成立しない。もうひとつ、原作は一応存在しているがオリジナル展開のほうが評価されているという例があって、最近だと『中二病でも恋がしたい』あたりがこれに当てはまるが、こういった事象は「原作は存在しているがほとんどの人間が知らない」且つ「オリジナル要素がメインになっても問題ないくらい出版されている巻数が少ない」という条件が揃っている場合にのみ発生する。

そしてデート・ア・ライブはと言うと、1期の路線を踏襲しつつ新しい要素を差し挟む、というスタイルのもと2期が制作されていたように感じたが、実際のところ新しい要素として導入された戦闘は新しいわけではなく1期に既に存在していた要素の分量を増やした、というだけに過ぎず、我々にとっては既視感のあるものだったため、話に盛り上がりを見出せなかった。

あとキャラクタによって出番に偏りがあるのは仕方ないが、それでもどう考えても四糸乃の出番は少なすぎるし、新しく出てきた双子の八舞姉妹と誘宵美九は既存のヒロインに加えて個性が弱い。まあ時崎狂三というキャラクタが個性強すぎるのが問題なのかもしれないが。終盤少し出てきたというレベルなのに強烈なインパクトを撒き散らす狂三は本当に使い辛いことこの上なかっただろう。

全10話という尺の短さも首を絞めていた。そもそも全10話という尺の短さを生かしたアニメを知らないので知っていたら誰か教えてください。3〜10分のショートアニメならともかく、30分全10話というのはプラスに働く部分を見出せない。

普通にデートしてその過程で生じる戦闘をこなしてヒロインを攻略する、という1期で培われたフォーマットが投げ捨てられなければ評価は間違いなく変わったはず。士道の妹の組織もほとんど出番なかったし、毎回士道がひとりで問題解決している印象を受けた。そもそもデートしてないのにヒロイン攻略してしまったら完全にタイトルに背いてしまうので、いつ公開されるか(そもそもなぜ制作決定したのか)よくわからん劇場版は普通にデートしてヒロイン攻略する1期の時代に立ち返ってほしい。



メカクシティアクターズ

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ストーリー 2
キャラクター 2
演出 6
作画 7
音楽 5
総合得点 22点
総合評価 E

結局は「小説を書く才能とアニメの脚本を書く才能は全くの別物」だったというだけの話。いくら面白い小説が書けるからといって面白い脚本が書けるとは限らない。メカクシティアクターズ原作者のじんという人間がそれを身をもって証明してくれた。原作は読んでいないのでどれだけ面白いのかは知らないが、アニメに関しては本当に救いようがないくらいつまらなかった。面白いと思えた時間がほぼ存在しない。シャフトの無駄に難解なアニメーションがつまらなさを増長していて、これが負のシナジー効果かと納得した。

まずおれが頭悪いのかもしれないがほとんど意味が分からなかった。「何をやっているのかわからない」というのはアニメ以前に作品として致命的な欠点だ。しかも最初から最後までほぼ全部意味が分からない。しっかり見ているはずなのに。「行間で読者に悟らせる」という手法は小説では通用してもアニメでは通用しない。描写されてないことを伝えるためには適切な演出や台詞回しが必要だ。しかしこのアニメはその全てが出来ていない。

ここまで典型的な自己満足型の脚本とアニメーションを見せられると映像作品とはいったい誰のために存在しているのかという気になるが、もしかしたらおれの知らないところで原作読者の小中学生がアニメ見て「最高!最高!」と言ってるのかもしれない。アニメだけ見るとまるで意味が分からないが、原作だと全部分かりやすくなっている可能性もある。あるいは下敷きになっているボーカロイドの曲を聴けば何か掴めるかもしれない。しかしアニメを見てすっかり力が抜けてしまった今となっては何もする気が起きない。今はただこのアニメと関連するコンテンツのことを一刻も早く記憶から消し去りたい。



ノブナガ・ザ・フール

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ストーリー 1
キャラクター 1
演出 4
作画 4
音楽 4
総合得点 14点
総合評価 Z

面白いか面白くないかという議論が無意味に感じられるほどこのアニメには何の価値も感じられなかった。戦国時代とロボットという要素を掛け合わせてまさかゼロになるとは思わなかった。どちらも数字をもっている要素なので、つまり制作の段階でこの2つの要素に何らかのゼロの要素が掛け合わさったということだ。その何らかの要素とは言うまでもないだろう、脚本である。このアニメは徹頭徹尾脚本が最悪と言っていいレベルだった。基本的に脚本を書く上でやってはいけないことの全てをやってしまっているような、果てしない無惨さが極まっている。

そもそも戦国時代にロボットを輸入すればいいだけのところを、信長のうつけに関連させてタロットのザ・フールを用いたりとか戦国に関係ないジャンヌダルクとか(ダ・ヴィンチはロボットの関係者として出す必要性はあった)出したせいでもう完全に収拾がつかなくなっていた。纏める気など最初からないような河森正治の心意気がひしひしと感じられた。下手に地位が高くなってるせいで誰もこの脚本を軌道修正できなかったのだろうな、と思うと悲しさのあまり涙が溢れ出てくる。

あらゆる要素を整理しないままぶち込んだせいで闇鍋のような禍々しさが表出し、何をやっているのか、そもそも何をしたかったのかまるでわからない、ストーリーとすら呼べない話の断片を最後まで延々と見せられた我々は「半年間何をしていたんだ...」という疑問を抱くしかない。これを半年間見るくらいならキテレツ半年間見てたほうが100倍ましだ。ラスボスは勝手に事故死するし今までやってきたことが最終回でさえ何も生かされないし、不満というよりは居た堪れなさが溜まっていった。歴史要素を何一つ生かさないくせに最終回で光秀に「敵は本能寺にあり!」と言わせるのにはさすがに腹立ったけど。

まあ佐藤英一河森正治も実力ある人間ではないので放送前から特に期待もしていなかったが、ここまで酷いものが生まれるとは思わなかった。巷を騒がせている魔法戦争に関しては実のところおれは結構好きだったんだが(無理でしたすいませんという形で最終回に匙を投げるという展開が斬新だった)、これに関してはもう斬新なところはおろか褒める箇所がまるで見当たらない。前期で黒歴史と評価を下した『ゴールデンタイム』『魔法戦争』『pupa』はそれぞれクソを極めておきながら完全には憎み切れない部分があって、だから必死になってどこか良い部分はないかと探しまくったのだけど、このアニメにはその気力すら湧かない。おれの知らないところでどうぞ勝手に朽ちていって忘れ去られてほしい。



ニセコイ

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ストーリー 7
キャラクター 9
演出 9
作画 8
音楽 7
総合得点 40点
総合評価 A

どこまでもテンプレートを地でいくシナリオをいかにして新鮮で華やかに見せるか、という問題の解をキャラクタの力に見出したことで成功を収めたニセコイ。原作において学校や各キャラの自宅、特定のイベントなどを除けばほとんど風景(あるいは外観)というものが見えてこないことに違和感を抱いていたが、シャフトが手掛けたことでそうしたファクタが極めて合理的に排されていたのだとわかる。様々なシチュエーションにおけるラブストーリーというよりはキャラクタの引き出しをひとつひとつ開けていくことで新しい物語を紡いでいくような、とても現代的なラブコメであることは疑いようもない。そもそもキーアイテムが「鍵」だという時点で我々は限りない時代錯誤の波に押し潰されそうになるのだが、「鍵の有る無しは関係ない、好きか嫌いかでその都度判断するぜ」というスタンスは徹頭徹尾崩されることもなく、だからこそ主人公の一条楽が度々違う女性に惹かれても軸がブレることはなかった。

アニメーションとしてのニセコイに関してはあまり語るところがない。シャフトという制作会社の特徴上、アニメーションの魅力のひとつである動きの恩恵は受けられない。まあつい先日のメカクシ云々におけるゲーム的表現は田中氏が投入されたことでえげつない程の作画の素晴らしさだったので、一概にシャフトは作画的に面白くないとは言えないが、ニセコイはその性質上「アニメーション」という部分よりも「キャラクタが声を発して様々な表情の変化を見せる」という(現在のアニメの主流となっている)部分のほうに力が入ってしまう。キャラクタを魅せる、という点は小野寺小咲のメインヒロインぶりによく表れている。

既に原作は引き延ばしのフェーズに突入しており、あまり言及したくはないが、アニメ(1〜20話)における部分は原作で最も脂が乗った黄金期だったことは事実だろう。ヒロイン4人体制でありながら実質上小野寺と桐崎の一騎打ち。惑わされる一条楽と彼を焚き付ける周囲の存在が上手く噛み合っていた時期だ。鍵というアイテムが形骸化する前、それでいて楽・千棘・小咲の記憶が混濁していてもギリギリ許容された時期でもある。とにかく楽は小咲に対して、小咲は楽に対してしか明確な恋愛感情を持たないし、千棘は最終回に至るまで自分の気持ちに気付かない。この状況が許されるのは楽が小咲以外の人間に対して僅かでも恋愛感情を抱いた時までなのだが、鍵というアイテムを用いて恋愛感情を煙に巻くことで半永久的に引き延ばしを図ろうとしているのが今というわけだ。

アニメ最終回は区切りとしては微妙だがオールスター感を打ち出せたのでまあ正しい選択だったのではないか。演劇パートが丸々コメディとして消化されたことの薄ら寒さは否めないが、非日常の中にメタ的に日常に接地した行為や感情を混入させることで、結果的に「イベント」としての面が強くなった。アドリブコントのような劇の転がし方に対して観客が湧いていることに疑問はあるが、それを言ってしまうとニセコイにおけるイベントの半分以上にケチを付けることになるので止めておく。しかしロミオとジュリエットというテーマはどう考えても古臭いよな。

原作はそろそろ引き延ばしに限界が来ているのでアニメ2期の可能性は微妙なところだ。というか2期やっても終わりまで辿り着けないだろう。ニセコイの終わりというのはつまり楽が千棘を選ぶか小咲を選ぶか、その点に帰着するのでtrue tearsや最近だと俺妹のような賛否両論が起こるのかな、と想像してみたが現時点でどちらに転んでも特に問題ない雰囲気なのでいいんじゃないですかね。ちなみに私は小野寺派です。



弱虫ペダル

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ストーリー 9
キャラクター 8
演出 6
作画 6
音楽 5
総合得点 32点
総合評価 C

とにかく展開が非常にスローペースなので、このスローペースが効果的になる箇所と単純に退屈に感じられる箇所の二つが存在していた。圧縮すれば間違いなく2クールに出来たし、2期やるのは決まっていたにしても1期で3クールやるなら大会の決着くらいは付けておいてほしかった。1期だけで1つの作品として見た場合、最終回はあまり良い終わり方とは言えないだろう。というかこれは最終回ではない。どう考えても原作販促のための幕引きだ。

それでも後半、京都伏見高校が台頭してきてからは純粋に面白かった。それまでこのアニメには明確な悪役というものが存在しておらず、単純なスポーツアニメの枠から出られずにいたが、京都伏見の御堂筋という完全なるヒールが現れてから全く世界の見え方が変わった。過去に何かあって闇堕ちしたわけでもなく、悪のまま生まれて悪のまま育ったような純正培養のヒール。しかも小物のように見えて凄まじい実力者というポテンシャルの高さ。こいつがいたからこそ弱虫ペダルは圧倒的な熱量を手に入れた。

なのでインターハイに入ってからは常に上り調子で、このテンションの高さが最初から発揮出来ていれば間違いなく名作になれていただけに勿体無く感じる。序盤の溜めは確かに必要だったが、尺を削ることもできたはずだ。小野田坂道という主人公が元からクライマーとしての圧倒的な実力を秘めていたなら尚更だ。小野田に必要だったのはインターハイを走り切るための体力気力と勝利への執着、その3点だけだったのだから、2年の先輩たちと争う選抜メンバー戦はもう少し尺削れたはず。

尺問題や最終回への不満などありつつも、基本的には良くできたスポーツアニメなので総合的に見ればそれなりに満足度は高かった。2期は必然的にインターハイからのスタートになるので、上手くいけば2期が1期を上回る可能性だってある。ただ御堂筋にはどこまでも悪役でいてほしいので変な改心とかだけはやめてほしい。そうなるとこの作品から明確な悪が消えてしまう。





◆各項目ベスト3◆

ストーリー
1位 ピンポン
2位 ラブライブ! 2期
3位 ブラック・ブレット


キャラクタ
1位 ラブライブ! 2期
2位 ピンポン
3位 健全ロボ ダイミダラー


演出
1位 健全ロボ ダイミダラー
2位 ピンポン
3位 ラブライブ! 2期


作画
1位 ピンポン
2位 健全ロボ ダイミダラー
3位 蟲師 続章


音楽
1位 それでも世界は美しい
2位 ラブライブ! 2期
3位 僕らはみんな河合荘



◆ベストキャラクタ◆

女性
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1位 ニケ・ルメルシエ(それでも世界は美しい)
2位 リゼ(ご注文はうさぎですか?)
3位 藤宮香織(一週間フレンズ。)

ニケは少女漫画主人公としてはあまりに新鮮で美しかった。


男性
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1位 ペコ(ピンポン)
2位 スマイル(ピンポン)
3位 チャイナ(ピンポン)

ピンポン勢強すぎ。


人間以外(特別枠)
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1位 ペンギン(健全ロボ ダイミダラー)

ホワイト企業最高。



◆今期ベスト主題歌◆

OP
僕らはみんな河合荘 OP『いつかの、いくつかのきみとのせかい / fhana』

fhana「いつかの、いくつかのきみとのせかい」(TVアニメ『僕らはみんな河合荘』OPテ ...



ED
それでも世界は美しい ED『PROMISE / 前田玲奈』

Soredemo Sekai wa Utsukushii [それでも世界は美しい] Ending ...



頼むからfhanaは今年中にアルバム出してくれ。確実に頂点とれる。



◆今期ベストエピソード◆

ピンポン 第11話「血は鉄の味がする」
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脚本・絵コンテ・演出:湯浅政明  作画監督:伊東伸高、浅野直之、戸田さやか、西垣庄子

脚本からコンテから演出まで全て湯浅政明ひとりが手掛けた問答無用の傑作回。アニメーションの真髄を見せてもらった。



◆今期作品ベスト3◆

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1位 ピンポン
2位 ラブライブ 2期
3位 それでも世界は美しい
3位 健全ロボ ダイミダラー



冒頭で述べたように今期は異常なくらいの豊作だった。A評価以上の作品が13もある。2011年の春さえ凌駕するほどの傑作揃いで、このレベルの豊作期は最低でもあと3年は訪れない気がする。見るものほぼ全て平均以上だったし、何よりここにきてライトノベル原作アニメが再び息を吹き返しているのが熱い。おそらく掘り起こせばまだまだ傑作になり得る素材が眠っているはず(今なら『アイドライジング!』とかアニメ化したらめっちゃ売れそう)。ただ春から始まった2クール作品はほぼ全滅状態なのでこのツケが夏にやってくることに戦慄している。

そして今、いよいよ夏期に突入しているわけだが、これが想像以上の番狂わせが起きていてひたすら困惑している。具体的に言うと『ろこどる』と『アルドノア・ゼロ』と『LOVE STAGE!!』が凄まじく面白い。『アルドノア・ゼロ』に関しては公式サイトが完全にクソだったのと、もう虚淵玄の手札はある程度予想出来てしまっていたので驚かされることはまず無いだろうと踏んでランク外だったんだが完全に読みが外れた。キャラクタ原案が志村貴子である意味が全くないことを除けば非常によく出来ている。『ろこどる』はアイドルアニメの新たな地平を切り開いていて革新的だし、『LOVE STAGE!!』はホモアニメだけど主人公の男の女装がもう完全に女にしか見えないのとDAIGOのおかげでだいぶ楽しく見れている。

しかし今は仕事にそれなりの時間を割かなければならないので、今までよりも視聴する本数を減らさなければいけない。映画観たり音楽聴いたり本読んだりする時間も確実に減っていておれは何のために仕事をしているのかわからなくなりそうだが、あと5年くらいすれば少しはましになるはず。というわけで次回は『そらのおとしものは劇場版商法によって殺された!』か『2014年上半期音源ベスト』のどっちかをやります。期待しないでください。以上解散。

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