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リーガルハイ スペシャル

過去最高に洗練されながら同時に過去最高に泥臭い、二つの相反する要素が見事に共存したリーガルハイシリーズの中でも屈指の傑作だった。物語の最終的な帰着点が科学と感情という相反する要素だったことも示唆的だった。加えて役者陣の演技が凄まじく、特に大森南朋は主役の堺雅人を食ってしまうレベルだった。大森南朋は出るだけで作品の質を根本から変えてしまうタイプの役者なのでリーガルハイのようなコメディ主体の作品だと浮いてしまうのでは、という懸念があったが、そのコメディ主体の本質さえもひっくり返しヒューマンドラマのような作風を根付かせてしまうという荒技を達成した。結果的に今までのリーガルハイとはテイストがかなり違っているのだが、それが良い意味で新鮮さを生み出し、最初から最後まで画面に引きずり込まれてしまった。


まず「医療過誤」という医療ドラマではすっかりメジャーになった題材を物語の中心に据え、そのうえで「手段を選ばない」という点で古美門研介と共振しつつも彼よりはスキルや経験値的に劣る九條和馬をほぼ"主役"に近いアングルから映し出す。この九條という男が、リーガルハイには似つかわしくないくらいの真っ当なハイエナとして描かれるところからスタートしていくわけだが、それが徐々に変容していく展開が非常にスムーズ。そこに絡めて原告側の中原さやかや被告側の赤目義二といった人物の掘り下げが加わり、人間的な部分へ視点が集中したところから、医療の科学的側面に光を当てるどんでん返しの妙に圧倒される。とにかく脚本が限界まで練り込まれている。堺雅人も述べていたが明らかにテレビドラマの特番という域を超えている。


九條がハイエナらしく、医療過誤から視点を逸らして赤目という医師の人間性を問題点に挙げ裁判の結果を無視し病院そのものを潰しにかかろうとするのは理にかなっているし、そこから血で血を洗う人間性の糾弾合戦になっていくのも見応えがあった。とにかく大森南朋演じる九條の人間的魅力が凄まじく、リーガルハイシリーズにおいて古美門以外に肩入れしたことのないおれのような人間でさえ靡いてしまうような圧倒的人間臭さを持った男だった。一方で赤目の次女と婚約しているキーパーソンの広瀬史也は東出昌大の演技力がまだ追い付いておらずいまひとつだったが、結果的に彼を支える婚約者の赤目好美が光っていた。散々叩かれていたあの剛力彩芽が普通に良い役者に見えてしまったことにただただ驚いている。それほど脚本が素晴らしいということだろう。赤目義二役の古谷一行と中原さやか役の吉瀬美智子に関しては言うまでもないだろう。若い未亡人を演じさせれば吉瀬美智子の右に出る者は今のところいない(はず)。あと古谷一行がチキンにかぶりつくシーンはコミカルで良かった。血も涙も捨てて医療の発展に全てを捧げた男がむかついてチキンにかぶりついていたんだなと後から思い返すと余計に面白くなってくる。


ただひとつ欠点を申し上げるなら、九条が「昔大手の事務所に属していて出世候補筆頭だった」という設定は駄目だった。なぜなら九条が「裁判に不慣れ」という最初の設定と矛盾してしまうからだ。裁判に不慣れな人間がいくらコネを駆使したところで大手事務所で出世できるはずがない。ブランクはあっただろうがそれにしたってあそこまで不慣れなのはおかしい。「大手事務所に属したばかりでこれから人生の道が拓けていくところだった」という設定にすべきだった。「この裁判には九條の妻の弔合戦という意味合いも込められているのだ」というところにもっていきたかったのは分かるが、それでも出世候補筆頭という設定は要らない。「新進気鋭の若手」という程度に抑えていれば大丈夫だったかもしれない。そこからの転落ならまだ真実味がある。


まあしかし最後に『Amazing Grace』が流れた時に全てを許せてしまった(この世で最も美しい曲を流されてしまった日にはもう抗いようがない)。この人間臭い物語の最後を飾るのが『Amazing Grace』というのは本当に出来過ぎなぐらい美しかった。物語は誰もが想像するハッピーエンドというものには至ってないし原告側も被告側も失うものが大きかったが、それでも最後に「神の恵み」が示されたことそれ自体がもう救済となっている。幸せを手にするのではなく、これから各々が見つけていくのだという始まりを予感させたところで物語をしっかり締める…のではなく、最後にまたコメディに振り切れてしまうあたりに脚本家の照れ隠しのようなものを感じられて面白かった。これもリーガルハイらしいといえばらしいと言える。


そしてこのレベルの傑作をテレビドラマ(特番)として放送してしまうあたりが恐ろしい。劇場作品として見ても何ら違和感を覚えないクオリティだ。正直なところこれを映画館のスクリーンで堪能したかったという思いが強い(途中にCM入ってぶつ切りになったり地震速報のテロップが流れたりという不満が溜まったことも関わっている、がおそらくBD発売されるだろうしそれを買ってしまう)。もちろんこれからもテレビドラマは続いてほしいが1回くらい劇場版を観たいなーとおれは1期終了時から言ってるし今の勢いがあればやれるはずなのでどうにかして劇場版制作してほしい。クソみたいな日本産のドラマと映画が氾濫する現代社会においておれの唯一の楽しみはリーガルハイを視聴することなんだ。