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アガサ・クリスティ中級者へのすすめ

クリスティ

はいどうも。先日放送された三谷幸喜脚本のオリエント急行が思いのほか良い出来でクリスティマニアとしてはちょっと微妙な気持ちになったことは記憶に新しいですね。アガサ・クリスティといえば多作でありながら駄作なしという極めて素晴らしい作家で、それゆえクリスティ初心者は何から読めばいいのか、という問題に突き当たると思われます。


しかし幸いなことに今はインターネットが発達しており、「クリスティ おすすめ」と入力検索すれば名作中の名作『そして誰もいなくなった』『オリエント急行の殺人』『ABC殺人事件』『アクロイド殺し』あたりがサジェストされる。では、それらを読んだ人がその次にどんな作品を手に取ればいいのか、というあたりについてはあまり詳しい紹介が無い、というのが現実です。というわけで今回は、クリスティ中級者にお勧めする作品を順不同で紹介します。



1.『ゼロ時間へ』

クリスティマニアの間では有名中の有名作で、これを読んでないやつはモグリだとさえ言われるゼロ時間ですが、やはりそう言われるだけのことはある名作です。「殺人が起きる(ゼロ時間)までの過程」を描くという当時異色の手法で執筆されているのですが、その過程が下手な推理小説の容疑者尋問よりもずっと面白いのですらすらと最後まで読み進められます。クイーンやカーの作品にはあまりないエンタメ精神が凝縮されたクリスティ自身もお気に入りの一冊。


2.『葬儀を終えて』(エルキュール・ポワロ)

巻末の解説で折原一が「クリスティ最高傑作」と宣言していて、さすがにそこまで断言してしまうのは恐れ多いのですが、そう言いたくなる心境も納得できる傑作です。クリスティは人間描写に優れている、とはよく評されていますが、その人間描写を巧みに利用したトリックが鮮やか。意外性やトリックの巧みさはクリスティ作品中屈指。


3.『蒼ざめた馬』

実はABCやアクロイドを読む前にこの作品を読んだ人間なので中々に思い入れが強かったりします。とはいえ個人的思い入れにより紹介したわけではなく、ポワロやマープルといった名探偵が登場しないクリスティ作品の中でも屈指の出来です。トリックが本当に奇想天外というレベルで、犯人は見破れてもトリックは見破れなかった、という人がほとんどなのではないでしょうか。


4.『ポワロのクリスマス』(エルキュール・ポワロ)

この作品の翌年に出されたのが『そして誰もいなくなった』ということもあってわりと見落とされがちなのですが、トリックの看破が日本人には難しいということを除けば非常に良質なミステリ。しかもトリックを見破れたとしても犯人まで辿り着くのが至難の技だったりします。


5.『予告殺人』(ミス・マープル)

マープルものの長編ベストはやはりこの作品を置いて他にはないでしょう。『ナイルに死す』に次ぐくらいのボリュームなんですが、こちらはナイルと違ってわりと早めに事件が発生します。しかしそこから退屈な尋問に終始することなく、あくまで人間関係に軸を置いた滑らかな筆致で最後まであっという間に読んでしまう。


6.『ねじれた家』

「犯人の正体」で一番驚かされたのはオリエント、次いでアクロイド、そして誰も〜…というのは言うまでもないと思いますが、この次に来るのが本作でした。ポワロもマープルも登場しないことで、とにかくダークで歪な雰囲気を最後まで保ち続けている。クリスティがこれをお気に入りに挙げたという事実は本当に興味深いですね。


7.『エッジウェア卿の死』(エルキュール・ポワロ)

クリスティ作品を読み漁ってスレてしまう前に本作を読むことを勧めます。『邪悪の家』と双璧をなすクリスティ初期の傑作なのですが、クリスティ作品に多く触れれば触れるほど真相に気付いてしまう、そんなトリックなので読むならお早めに。


8.『五匹の子豚』(エルキュール・ポワロ)

クリスティの得意とするミステリの手法の中に「過去に起きた犯罪を暴いていく」というものがあります。『象は忘れない』『スリーピング・マーダー』もこれに属しますが、その中でもやはりこの『五匹の子豚』は突出して素晴らしい。現在から過去に遡って犯行を立証するという途方もなく困難な手法を、堅苦しくなく常に飽きさせない工夫を施しながら確立してみせたクリスティの代表作。


9.『パディントン発4時50分』(ミス・マープル)

マープルよりも殺人を目撃した婦人のほうが主役級の働きを見せるのですが、そんなことを気にならなくなるほどの展開の鮮やかさに引き込まれます。実はこれ、NHKでアニメにもなっているので、先にそちらを見てから原作を読む、というのもありだと思います。


10.『火曜クラブ』(ミス・マープル)

クリスティは長編だけでなく短編集も数多く残していますが、その中でも一番の傑作といえばもう10人に8人はこの『火曜クラブ』と答えるでしょう。短編集でありながらしっかり芯が通っているので実質的には長編作品と言えるのかもしれません。あと個人的には『おしどり探偵』『ヘラクレスの冒険』あたりもお気に入り。


こんな感じです。時間が余ったので上級者編も書いておきます。


1.『ビッグ4』(エルキュール・ポワロ)

クリスティマニアの間で唯一「駄作」扱いされている作品です。しかしクリスティ初心者の状態でこの作品に触れればそこまで駄作だとは思わないのでは。クリスティには珍しく穴が空きまくってる雑な作品なんですが、その雑さが愛おしくなってきたらあなたも立派なヘビークリスティマニアです。


2.『シタフォードの秘密』

正直なところ、江戸川乱歩以外の人間がベストに挙げているのをまだ見たことがないんですが、フーダニットとしては中々に良く出来ています。良く出来てはいるんですが、肝心のトリックのほうで賛否両論沸き起こっています(個人的には肯定派)。


3.『満潮に乗って』(エルキュール・ポワロ)

かなり入り組んだ人間関係なのと話の地味さゆえにほとんど話題にすら挙がらない作品なのですが、ホワイダニットとしては傑作の部類に入ると思っています。解説者があとがきで記していますが、終盤の展開は本当に素晴らしいとしか言いようがありません。


4.『復讐の女神』(ミス・マープル)

まず前提として『カリブ海の秘密』を読んでいないといけません。この時点で一見さんお断りの匂いが漂っていますが、その内容もクリスティの晩年に執筆されただけあって良く言えば中々に示唆的、悪く言えば愚痴っぽさがあって、ここらへんが読み手を選ぶ所以なのですが、これがポワロではなくマープルなので多少は嫌味なく読めるかと思います。


5.『親指のうずき』(トミー&タペンス)

トミー&タペンスものはミステリではなくスパイ・スリラーものなのですが(一応ミステリ要素はあります)、クリスティは初期から『茶色の服の男』のようなスパイ・スリラーものを執筆しているので土台はしっかりしています。しかし初期の『秘密機関』『NかMか』に比べてわりと大人しめなので、緊迫感を味わいたい人にはあまり向いていないかと。しかしこの後に続くクリスティ(事実上)最後の作品『運命の裏木戸』は傑作なので是非読んでもらいたい。


6.『ハロウィーン・パーティ』(エルキュール・ポワロ)

とにかく読みづらいです。原本を読んで確認したところ、どうやら訳者の翻訳が悪いわけではなく、晩年を迎えたクリスティの筆運びのほうに癖があったようで。まあしかしエンタメ性に溢れミステリとしても良く出来ているので(犯人見抜けませんでした)、一読の価値はあります。


7.『死が最後にやってくる』

クリスティは中東を舞台とした作品を多く残しています。『ナイルに死す』を筆頭に、『死との約束』『メソポタミア殺人事件』など傑作が多いのですが、この作品はポワロもマープルも登場しないどころか時代設定が「紀元前二千年のエジプト」というぶっ飛びぶり。そのあまりの異色さに敬遠されがちな作品なのですが、中身は『そして誰もいなくなった』を髣髴とさせる傑作。


8.『ひらいたトランプ』(エルキュール・ポワロ)

ブリッジのルールをある程度知らないと完全には楽しめない、という点で避けられがちなのですが、知っていなくても楽しめますし、知っていたら最高に楽しめます。ABC、メソポタミアと近い時期に発表されただけあって脂が乗った傑作です。


9.『死の猟犬』

クリスティには珍しいホラーものです。しかし短編集なのであまり敷居は高くないかと。ほんのりミステリ要素も漂わせていて、昨今の「驚かせる」ホラーものとは一線を画す、本格的な「背筋をゾッとさせる」ホラーです。


10.『ブラック・コーヒー』(エルキュール・ポワロ)

クリスティは戯曲も執筆しています。『ねずみとり』あたりはロングランを記録しているので知っている人も多いでしょう。あとはさだまさしの曲のタイトルにもなった『検察側の証人』とか。この『ブラック・コーヒー』はそんな中で唯一小説版としても発表されている戯曲なのですが、上記2作よりはやや取っ付きづらいです。これが読めれば『招かれざる客』『蜘蛛の巣』『海浜の午後』も読めるでしょう。そして最後の難関『アクナーテン』に突入すればあなたも立派なクリスティマニアです。



ちなみに、クリスティは「メアリ・ウェストマコット」名義で恋愛小説もいくつか執筆しています。最も有名なのが『春にして君を離れ』ですね。その他にも『暗い抱擁』『愛の重さ』『娘は娘』など様々な名作が発表されています。ナイルよりもボリュームがあることでお馴染みの『愛の旋律』もとても面白いので、ミステリじゃないからという理由で敬遠していた人にも是非とも読んでもらいたいところです。