劇場版名探偵コナン 純黒の悪夢

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やあ、地獄から舞い戻ってきたぞ。


なんといっても赴任先がど田舎中のど田舎なので(基本給の他に「僻地手当」という金が貰えるくらいしか利点がない場所です)、買い物も満足にできないのはもちろん、ネットを開通させるのにも1ヶ月以上かかるということで、再就職してからしばらくは健康で文化的な最低限度の生活を満足に送れていない状況だったのだけど、公務員にクラスチェンジしたおかげで年休を取るのが前職より容易になったので、意気揚々とゴールデンウィークを9連休にすることに成功した。給料も前職より上がっているのでよっしゃ遊び回るぞと張り切ったはいいものの、いざ連休に突入すると両脚が筋肉痛に襲われ序盤3日間は実家の布団に埋もれて過ごすこととなった(その後は多くの社会の歯車たちと同様に真っ当な連休ライフを送っている)。


というわけで(?)今回はゴールデンウィーク中に観た『名探偵コナン 純黒の悪夢』についてのお話です。ゴールデンウィークに映画を観るのは久し振りのことだったのだが、人のあまりの多さに吐き気を堪えるのが大変だったし心が何回も折れかけた。何なんだあの人の多さは。作品を巨大なスクリーンで観られるという映画唯一のメリット、「人が多い」「料金が高い」「音の調整が出来ない」「前後左右の席のやつがうるさいと地獄」というデメリットに完全に負けてるぞ。どうなっているんだ。やはり自宅にホームシアターの設備を導入するしかないのか…




さて、映画本編についてだが、何の期待もせずに観たからか、あるいは労働で心が枯れ果ててエンタメに飢えていたからか、この純黒の悪夢はとても面白かった。2010年以降のコナン映画の中では断トツで一番面白い。コナン映画を劇場で2回観たのは2008年の『戦慄の楽譜』以来のことである。おれが好きな過去のコナン映画とは明らかに趣が違うのだが、純黒の悪夢はミステリ要素を捨てて完全なるスパイ・スリラー映画に舵を切った結果、今までにない迫力やスピード感を獲得した。そしてそれが黒の組織との闘いというテーマとしっかり噛み合った。直近の過去作のおかげで、首都高でのカーチェイスや観覧車の上での格闘戦や観覧車爆破などの映像を見ても「なんだこの茶番は…」とは思わなくなった。慣れって怖い。「もしかして今までの静野孔文監督作品はこの映画のための布石だったのでは…?」と思ってしまう。正確に言うと、物語の展開が早すぎて「現実感のなさ」を考える暇がないというところなのだけど、これを計算でやっているならおれは完全に静野孔文や櫻井武晴を見縊っていたことになる。


加えてゲスト声優の天海祐希がもうめちゃくちゃに上手かった。今までのゲスト声優とは比べ物にならないというか比べるのが申し訳ないくらい上手い。ドラマや映画での演技はそんな上手くないのに何故声優をやるとこんな上手いのかが謎なんだけど、やっぱ宝塚出身だからなのか。それはともかく天海祐希が素晴らしいので演技方面で鑑賞が阻害されるということはない。天海祐希演じるキュラソーが記憶喪失になって徐々に記憶を取り戻していく、というストーリー自体はコナン初期に放送された『File24 謎の美女記憶喪失事件』に似ているのだけど(殺し屋の女が失った記憶を徐々に取り戻しておっちゃんを殺そうとするTV版オリジナルストーリーです)とかあったので特に新鮮さは無かったのだけど、キュラソーと少年探偵団との交流が今までにないタイプのシナリオだったので既視感に襲われるということもなかった。


何より「コナン映画史上最も後味の悪い作品」という点が一番印象的だった。ほろ苦いと言うべきか。いやまあ映画オリジナルの黒の組織のメンバーなんてもう映画見る前から末路は分かりきっているのだけど(原作本編との整合性を保たないといけないので)、第13作『漆黒の追跡者』におけるアイリッシュみたいな話を考えていると完全に裏切られます。おれはこの手の大人と子供とが心通わせる話に弱いので見事にやられてしまったという感じです。つらい。いや確かに「記憶を取り戻したときに記憶喪失中の出来事は全て記憶しているのかとか、さすがにダンプカー(?)で観覧車は止められないっしょとか、まあ突っ込みどころは振り返ると山のようにあるのだけど、映画を観ている最中にはそういうことを一切考えさせない。これはそんな類の映画なんです。そして観客に粗を感じさせない映画は往々にして高評価を得られるわけで、『純黒の悪夢』にはそのポテンシャルがあることは間違いない。その粗さがインパクトを残すという点でもプラスに作用していた。


さすがに2回観ると細かい点が目につくのだけど、1回観るぶんには極上のエンターテイメントとして満足のいく内容に仕上がっている。惜しむらくはこの映画を彩るB'zの主題歌がいつ発売されるのか全く分からないということなのだけど(せめて配信くらいしてほしかった)、『シドニアの騎士』で培われたであろう迫力のある画の見せ方(カメラワーク)だったり、常に途切れることなく研ぎ澄ましていた緊迫感がダイレクトに観客に伝わってくる佳作だった。もう静野孔文がコナンシリーズの監督をやっている間はこうしたタイプの映画をどんどん作ればいいと思う。明らかにこっちのほうが向いているし櫻井武晴も全力を出せている。しかし来年の映画がどうやら大傑作『迷宮の十字路』を明らかに意識しているような感じなので、間と静寂で魅せる話が苦手であろう静野櫻井コンビがどんなものを生み出すのか興味はある。