読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ハロー!!きんいろモザイク 第04話「雨にもまけず」

3話OPでアリス・カータレットが直々に「優柔不断じゃ駄目だよ、有限実行!!」と仰ってくれたのでこれから毎回これが見られるのかーなどと思っていたら再び全員集合バージョンに戻ってしまった。だがもし毎回アリス・カータレットによる有限実行宣言が行われた場合、おれはアリス・カータレットに励まされないと勤労意欲が湧かない人間になってしまう可能性が高かったのである意味助かったともいえる。

以下雑感。


■目標とする人物像

「アリス→忍、綾→陽子、久世橋先生→烏丸先生」という図式が出来上がっていることは一見するとわかるだろう。あと分かりづらいが、忍は第1話の回想において登場した「英語が話せる女性」を尊敬するとともに目標にしている。では残りの人物はどうだろう。カレンや陽子は自分自身を突き詰め、今ある自分の姿が完成形であると(無自覚に)認識しているため、目標とする人物は作中で挙げられない。烏丸先生も同様だ(ちなみにカレンは今回「かつて不良に憧れていた」と告白して自身が思い描く不良像を提示しているが、もちろん目標としているわけではない)。


■不良≠大人

「中学生に見える」という理由で大人に見えるように努力する綾と、「単純に子供扱いされる」という理由で大人になることを夢見るアリスが交わった場合、通常ならファッションを研究するとかメイクとかそういう方向への努力が発生するはずだったが、勇の「私はアリスたちみたいに良い子じゃないから」という言葉が脳内に焼き付いていたアリスが、「良い子じゃない=不良だった=不良は大人っぽい」という発想をしてしまったがために道を誤ることとなる。ここで注意すべきなのは、前述した「カレンが思い描く不良像」と「アリスと綾が思い描く不良像」は違っていた、ということだ。カレンは「(不良は)校舎の窓ガラスを割って回る」と言っていたが、アリスと綾はそのような他者に迷惑をかけるような行いはしない。それどころか非行自体をしない。アリスは煙草を吸っている「ふり」だけしているし、綾は普通のマスクを着用して体育座りをしているだけだ(絶えず発汗しているのが面白い)。あくまで自分たちが不良になるのは「大人になる」ための手段であって、それ自体が目的ではなかったのだが、不良を突き詰めていった結果、最終的に目的を見失ってしまった。



■切り過ぎた前髪、歪んだ世界観

Aパートラストにおいて綾は4人と別れ、1人で何かの店に意を決して入っていく。そしてBパートで綾が「前髪を切りすぎた」と泣きながら告白することで、ようやくAパートラストで綾が入った店は美容院だったのだということがわかる。これは2話における色鬼の手法と同じだ。必要最低限の情報だけを出しつつこちら側に省かれた情報を理解させる。そして切りすぎた前髪をどうにかするために試行錯誤する綾だったが、アリスの「植物と同じように水をかけたら早く伸びるのでは」という冗談を真に受けてしまったり、顔を隠す為にダンボールを被ってきたりする。この段階でもう綾の思考回路は完全に歪んでしまったことがわかるだろう。前回、アリスが犬を飼いたいと駄々をこねた結果、「ルンバの上に犬のぬいぐるみを置く」という解決が図られたことからもわかるように、この作品はシュールな部分はとことんシュールに押し通すので、綾がダンボールを被ってきても、誰一人として綾の精神状態を気に掛けることはない。つまり「そういうことが起こり得る」という世界が(少なくともこの5人の中では)出来上がっているのだ。



■「雨にもまけず」と魔法使い

花を育てるのは子どもの教育に良いらしい。おれが小学生の頃も学校から朝顔の種が各々に支給され、それを育てていた。ここらへんは前回陽子が言っていた「犬を飼うというのは子供の情操教育に良いらしい」という台詞が前フリになっていたのかもしれない。もっとも、登場人物の中で子供扱いされているのはアリスだけなのだが、この学校では教師公認のもとで忍たち生徒が庭で花を育てている。この「花を育てる」という単調な行為にドラマ性をもたせるために(タイトル「雨にもまけず」からも想像できるのだが)大雨が降る。雨は創作において不幸の前触れだ。中々咲かないアリスの花に追い打ちを掛けるように雨は振り続け、アリスは「今まで一度も上手に花を咲かせられなかった」過去を思い出して泣いてしまう。これを聞いた忍たち4人全員が、アリスを慰めたり励ますのではなく「アリスの花を励ます(「頑張れ!!」「咲け!!」などと声をかける)」という行動に出たのが今回最も重要なシークエンスだ。

「花を励ます」という行為それ自体にはもちろん直接的な効果はない。彼女たちは魔法使いではないからだ。だがしかし、アリスの花は4人の励ましが届いたかのように綺麗に咲くことが出来た。これにはちゃんとした理由がある。Bパート始めのカレンを思い出してほしい。カレンは花壇の花たちに向かって「元気パワー注入!!」と言いながら掌をかざしている。それを校舎の窓から見た穂乃果が「ここ、ロンドンの魔法学校かな?」と言っている。カレンの掌から出ている金色の光は穂乃果の目に映ったもので、実際にそうした光が出ていたわけではないだろうが、穂乃果にはこの「魔法が見えていた」という点が重要なのだ。誰かひとりでも魔法を目にした時点でそれは現実に起こり得る可能性が生まれた、ということだ。だから「花を励ます」という非現実的な方法が実を結んだのだ。結果的に、綺麗に花を咲かせたアリスと花を枯らしてしまった忍に明暗分かれてしまったが、もしかしたらそれはカレンに元気パワーを注入されなかったからかもしれない。


■結論

九条カレンはルーナ・ラブグッド。