ハナヤマタ

とにかく真面目なアニメだった。30年後には道徳の教材に使われているかもしれない。何かを成し遂げるには相応の痛みを伴うし相応の覚悟も必要だという事実を淡々と突き付けてくる。最近は順風満帆な作品に慣れすぎたせいか、このアニメが特別他の作品より試練が多いのかどうか判断出来なかった。しかしここまで現実の厳しさや不条理さを容赦無く叩きつけてくる日常系の系譜に連なる作品には久々に出会ったので逆に新鮮だった。挫折や別れなどが矢継ぎ早に襲ってくる展開は耐性がなければ尋常じゃなくきつそうだが、そうしたどうしようもない展開を乗り越えた先にしっかりと希望あるいは未来への展望を示してあるのは良心的で、ある意味フィクション的ともいえる。友情・努力・勝利の原則とも違っていて、全体的に既存の作品とは微妙に重ならない独特な立ち位置だった。


一応日常系のフォーマットに則っているし、タイトルからもわかるように(主要5人の名前の頭文字のアナグラム)登場人物は限られている。が、しかし普通の日常系作品と違うのは物語が内向きにならないということだ。通常限られた人間が限られた場所で行動する話というのはどうしても内輪的な内容に狭まっていきがちだが、『ハナヤマタ』では「よさこい」という誰かの前で披露するものがメインテーマになっているので、話は常に外向きになる。なるが内気な性格を克服して恥ずかしがらずに人前に出られるようになったり、ヤヤが素直に感情を表現できるようになったり、多美が親の敷いたレールから自ら離れて歩き出す決意をしたり、各キャラが何らかの形で殻を破り外の世界へ踏み出す様子が序盤から中盤まで丹念に描かれる。とりわけ一番最後によさこい部に加入した真智に関してはその変化が顕著だ。『ラブライブ!』における絢瀬絵里のような立ち位置だったが、彼女よりも内面が見えにくかったので「本当によさこい部に加入するのか」という点において視聴者を引きつけることができた。


そして何より本作において最も目立つハナ。ハナは最初から活発でありながらどこか神秘的なキャラクタだった。その神秘性(1話における神社でのシークエンスなど)に関しては「なるの視点から見たハナ」だったからという理由で説明できそうだが、活発さは回を重ねるごとに増していった。「出会いと別れ」という当たり前に訪れるイベントも変に仰々しく演出しなかったことで高揚感や寂寥感を生み出していた。ハナは天真爛漫であっても自分勝手にはならなかった、そのバランス感覚がとても鋭いキャラクタだろう。皆を引っ張っていく人間というのは少なからずある程度の勝手さを備えているわけだが、ハナは自身に対してのある種の勝手さ(4人に黙ってアメリカへ帰国しようとする)はあるものの他人に対しての勝手さはなかった。ちなみにハナの神秘性は、最終回でなるがハナと出会った神社に再び訪れた時に否定される。ハナがいない時の神社は過度な装飾や鮮やかな桜が目立たないごく普通の存在になるからだ。


個人的に「よさこい」というものには良いイメージが全くと言っていいほど無くて、もちろんこのアニメを見ても印象が180度変わるということはないのだが、それはこのアニメが「よさこい」を扱ってはいるものの、結局根幹にあるのは多感な時期で将来もまだ不透明な女子中学生たちが成長していくという物語だったからだ。だからテーマがよさこいではなく創作ダンスだったとしても本質的には変わらない。踊りの内容ではなく、皆で踊るまでの過程が重要な作品であることは今更言うまでもないだろう。なるが努力して外へ踏み出そうとするきっかけになったハナは神秘性を失っても尚、全員の背中を押す確かな力をもった人物として描かれるが、終盤になるとその力が家庭的な問題で失われ始める。そのハナを今度は背中を押されたなる達が支える、という構図がベタだが決まっていた。


シナリオも、立ちはだかる壁の多さを除けば変化球のない王道一直線で清々しかった。最終回におけるダンスパートは作画がどうこうといった理屈を全て無視させてくれる圧倒的な説得力があり、演出の美しさもあって月並みだが感動という一言に収束してしまった。積み重ねたものをひとつも無駄にすることなく全てを出し尽くした、究極的な意味での最終回だった。なるを始めとする各キャラの言動が眩しすぎて直視できないという個人的な悲しみを除けば目立った欠点は無かった気がする。目を輝かせて「誰かじゃなくて自分が頑張れば、なりたい自分に近付けるんだね!」というセリフを何の躊躇もなく言える関谷なるという人間はおれのような日陰で生きる人間にとっては眩し過ぎた。このアニメはほぼ全員が恥ずかしいようなセリフを恥ずかしがらずにぶつけてくるので、聴くたび太陽に焼かれているような気分になる。


あと最後にこれだけは言っておきたいのだが、OP曲であり「よさこい」のテーマソングでもある「花ハ踊レヤいろはにほ」が近年の主要キャストが一緒に歌うという形式の楽曲の中でもトップクラスの完成度で、10年代に限ってしまえばこれが間違いなく頂点だと思っている。アイカツから田中秀和は爆発的に才能を開花させ、ついに悟りの境地に突入したと夏アニメ雑感のエントリで述べたが、この楽曲は聴けば聴くほどそのアレンジにこだわりが感じられて、初めてフルサイズで聴いたときは感動のあまり呆然としてしまった。もちろんEDも良いんだけど、最終回で流れた主要キャスト5人で歌ってるバージョンの方が凄く良かったのでぜひサントラにでも収録してほしい。『ハナヤマタ』は音楽にも恵まれた作品だった。